女忠臣蔵でますます文楽!「加賀見山旧錦絵」@国立劇場
2017年 05月 19日
豊竹呂太夫襲名披露の第二部というから、それも見ようとチケットを買ったのだったが、行ってみたら、こっちには呂太夫は出ない。
忠臣又助は大殿様を逆臣一角と思わされ首を討ってしまう。
生首を踏みつけて高笑いをするのだ。
つぐ「又助住家の段」では、かわいい又吉の首が父・又助によって斬られ、又助も斬られ愛する妻も死ぬ。
浄瑠璃ってやたらに身代わりだ、邪魔者だ、忠義だと、殺したり死んだりする。
命より面目、忠義の方が大事なのだ。
それも途中の話なので、とつぜん死体の大安売りみたいに殺伐とした悲劇に鼻白む、ああ、文楽もつまらないのもあるのか。
と思いつつ休憩に入った。
「草履打ちの段」では鶴岡八幡宮の前(舞台の美しさ)で、お家乗っ取りを謀る局・岩藤が忠義の中老・尾上(陰謀を知っているらしい)を「賤しい町人上り」「武芸のたしなみのない禄盗人」と罵り、扇で打ち、懐剣を抜いて脅す。
お家の先行き、親の嘆きを考え、代参の途中でもあることゆえ、じっと堪え謝罪さえする尾上、じれた岩藤は自分の汚れた草履を拭けと無理難題、あまつさえその草履で尾上の頭を打つのだ。
岩藤去ったあと泣き伏す尾上。
そのねちっこい意地の悪さを竹本津駒太夫がほんとに憎らしく語る、腹がたつほど。
にもかかわらず、これだけの屈辱を受けて生きながらえることはできない尾上は親への遺書をしたため遺恨の草履や形見の品を文箱にしまう。
隣りの部屋ではお初が団扇で火を熾し薬を煎じている。
その団扇が根元から折れて、代わりに使った扇子の根元もばらけてしまう。
ふすま一枚隔てた二人の情景がじわじわと悲劇に近づく。
使いの途中でお初は行違う二人づれの不吉な会話、空に聞こえるひと群れの鴉の鳴き声に、堪えきれず文箱を開けて、草履と遺言と書いた上書をみてしまう。
転んづ起きつ、半狂乱になったお初が仏間に飛び込んでみつけた尾上の変わり果てた姿。
エゝ為成(しな)したり、遅かった遅かった遅かったわいなう、いま一足早くばな、この御最期はさせませぬ、コレ申し尾上様々々々、旦那様遺骸に取りすがり泣き崩れるお初、これには僕も思わずもらい泣き。
お初は主尾上の敵・岩藤の首を取ろうと奥の間に駆け込む、
遺恨の草履手に取り上げて、打ち眺め打ち眺め、無念の涙血を注ぎ、凝り固まりし列女の一念、夜も更けて
胸撫で下ろし手を組んで、思ひ詰めたるその眼色(がんしょく)。気も張り弓の三日月も、入るさの影の暗紛れ、手水鉢に差しよって、柄杓持つ手もわなわなと掬ひあげたる水一口。恨みの草履片手には、血潮滴る尾上が懐剣。片手片足の早寝刃。庭の千草に鳴きつるゝ、蛙の声も物凄し 辺り見回し奥の間へ、真一文字に(「奥庭の段」駆けり行く)蛙の合唱がほんとに凄かった。
前の「廊下の段」の豊竹咲穂太夫の現代的・わかりやすい七色の声の使い分けもよかったけれど、この「長局の段」の竹本千歳太夫と桐竹勘十郎の素晴らしさといったら!
お初の情念を見事に形にして見せた。
その後の「奥庭の段」で吉田玉男の使う岩藤とお初の決闘も迫力たっぷり。
生身の人間ならば骨が折れてしまうような大仰な仕草を、まるで生身の人間のような感情をただよわせる人形たちと、これでもかこれでもかと琴線をかき鳴らす太夫と三味線が異次元の世界に連れていく。
こりゃあ、やっぱりはまったな。
憎憎しくなさる事が多いですよね(^^;
私もやっと24日に歌舞伎に復帰します!
楽しみ~♪ saheiziさんのblog拝見してて
文楽も久々に行きたいな♪