世界に対する緊張と思いやりの視線 津島佑子・申京淑「山のある家井戸のある家 東京ソウル往復書簡」
2016年 11月 01日
今、私の家の近くは、道も山も木も建物もみんな静かにしていろ、と言われたかのように沈黙しています。私はこんな冬の静寂が好きです。路地から今にもひとが飛び出してきそうな夏の昼下がりとは違って、冬の昼下がりは凝視の時間ですね。申京淑(シンギョンスク)という韓国の作家、知らない人だったが、始めの方でこういう文章を読んで好きになった。
話題はお互いの家、庭のこと、生い立ち、両親のこと、興味のある作家の噂、北朝鮮のこと、アイヌ、台湾、、少数民族のこと、靖国神社、日韓の社会問題、、流れるようにさまざまな事柄が語られる。
二人とも驚いているように、打ち合わせをしないのに、不思議と同時に同じ話題が取り上げられることがある。
国籍や育ちが違い、お互いの言葉も訳者がいないと分からないのに、まるで10年の知己のように打ち解けあい、共感しあう。
それは
二人のあいだには政治ではなく、文学があったからでしょう。私は津島さんの作品の中の登場人物を何の問題もなく理解し受け入れますし、時には韓国の小説の登場人物よりも親しく感じられます。と、申が書いているが、俺も19世紀のロシアの貴族の言動を理解できるのは文学の力だと思う。
そしてこの二人の手紙を読みながら俺もその仲間になっている。
母と兄、息子を亡くした津島が、いつまでも喪失の痛みを強く感じていることを訴え、
でも考えてみれば、いつまでもこのようにして「喪失」を認識しつづけるのは、人間という存在にともなう意味深い特性なのかもしれませんね。「喪失」の認識があるからこそ、私たちは知里幸恵さんのように失われた貴重な時間を自分の時間にたぐり寄せ、その価値を知るわけですし、自分が幼かったころの日々を個人的な「神話」のように自分のよりどころにして生きつづけている、、。と書くと、ほんとにそうだなあと思い
「喪失」の意識が強ければ強いほど、「再生」の喜びは強くなる。その喜びは、でも決して「喪失」の悲しみを消しさりはしない。悲しみと喜びが同時に、私たちに押し寄せてくるのです。との言葉にも共感する。
申はこういう。
私の目に映る万物の中に、特に私の目を引く物ごとの中に、早くに亡くなったひとの、それでも途絶えることのない息づかいが込められているのではと思うようになったのは、死についてどうにか理解してみたいという私なりの対処のしかただったように思います。だから私に与えられた時間を徹底的に使い、私の目に映る世界に対する緊張と思いやりの視線を引っ込めないようにしようと決めました。そのように考えなければ、早世したひとびとと、共にできなかった時間、守ることのできなかった約束、思いやれなかった心をどのように埋めればいいのかわからなかったからです。だから植物であれ動物であれ人間であれ、生きている命に対して、自分で分かっていながら毒を吐き出すことはしないで生きよう、と思ったのです。二人に共通するのは、こういう生きとし生けるものに対する丁寧な思いやりだ。
それは同時に、津島がいう、
(母であれ息子であれ)対象を美化せずに、その本質のありのままの価値を誠実に見出すことでもある。
「かくれんぼ」と同じような遊びが「オニサリ」、じゃんけんで負けた子が目隠しをして「ムクゲの花が咲きました」と十回いう、「達磨さんが転んだ」だね。
中秋の名月、秋夕(チュソク)には墓参に来る親戚のために障子紙を張り替える。
山のような白菜を漬け込むキムチ作り、みんな懐かしくて涙が出そうになる。
津島佑子ももっともっと。
きむ ふな 訳
集英社
私もこんな風に書簡集に引き込まれたのは初めてのような気がします。
先にこの書簡集を読んで置いてよかったと思いながら
今、『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』を読んでいます。
こちらも読者を捉えて離さない小説ですね。
ご紹介ありがとうございました。
2007年の出版ですから、これから入るということでもなさそうですね。
購入希望という仕組みはないのかなあ。
いい本をありがとうございました。
もっとゆっくりゆっくり読まなくてはいけない本だと思いつつも先へ先へと進んでしまいました。
自信はもてませんが心にとめました。
オリンピックの施設についての報道ひとつとっても何百億の金がはした金みたいにクルクル変わって!完全に国民が舐められているのでしょう。
申京淑さんの本では「母をお願い」が翻訳されていて、韓国のジレンマが良く描かれています。その次にこの往復書簡集に行きつきました。感性のするどいお二人の交友関係に少し、嫉妬しました。
金石範氏の「火山島」は気になっているのですが、手がつきません。
韓国を考えていると、この時代に触れないわけにはいけないと思ってはいるのですが。
読了後レポートを楽しみにしています。
随分と日が経ってしまいましたが、図書館検索の項目をいろいろと変えて、この本をみつけました。少し読み始めたところですがsaheiziさんが仰るとおりだなぁと読んでいます。
記事末尾に書かれている想い、同感です!
リコメ、やさしいお気持ちをありがとうございました。