可哀そうな女 鎌田慧「橋の上の『殺意』畠山鈴香はどう裁かれたか」

フランスではネットメデイアの検閲を合法化する法案が審議中らしい。
昨日紹介した「ネオ・チャイナ」↓では中国の検閲機関がネット上で政府に都合の悪い議論がなされるのを防ごうとあの手この手を使っている様子が面白おかしくも、ほんとは恐ろしく描かれている。

1989年の天安門事件のことは一切言及が許されない。
「民主化運動」とか「1989年6月4日」などは常に使用禁止用語だし、「火災」「衝突」「是正」「決して忘れない」なども6月には禁止される。
それでも効果が上がらないと、たとえばウイグル族が暴徒化したときなど、携帯のショートメールの送受信を停止、長距離電話回線を遮断、インタネットのアクセスもほぼ全面的にブロックした。

自由・平等・博愛の元祖フランスよ、どこに行く?
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2006年、秋田県二ツ井(現能代市)で起きた小学生連続殺人事件。
犯人は畠山鈴香、33歳が長女の彩香ちゃん(9歳)を橋の上から突き落として水死させ、その一か月後、近所の男の子・豪憲くん(7歳)を首を絞めて殺害した。

彩香ちゃんの遺体発見後警察は事故として処理したのに対して、事件としてきちんと捜査してくれとチラシまで作って訴えたのは他ならぬ鈴香だった。

裁判で鈴香は彩香ちゃんを殺すつもりはなかった、そのときのことは突発性健忘で思い出せないと主張。
豪憲くん殺害については弁護側は心神耗弱を主張する。

検察側は、彩香ちゃん殺しは明確な殺意をもって、橋の欄干に登らせ、怖がってしがみつこうとする子供を力いっぱい突き落としたとし、豪憲くんについては「周囲の人に対する怒りや憎悪の念を過剰なまでに募らせ、こうした感情を爆発させることができる対象を無差別に模索していた」ところ、学校から帰宅する豪憲くんを見かけ、その機会が来たと捉え殺害を決意し、自宅に招き入れた、と「怒りや憎悪を爆発させ、脅威を与え、自己の主張を世間に知らしめることで、自分を不当に無視している社会に報復する」ことが動機だったとする。

あたかも鈴香が非情なテロリストであるかのような、検察の論理構成は、メデイアによって増幅され、豪憲くんの遺族の強い訴えもあり、鈴香を死刑にせよという、世論が作られる。
一審は多くの人の予想を裏切り、無期懲役。
検察は控訴、遺族の死刑を望む強い気持ちを前面に押し立てる。
多くの論者が死刑を妥当とし、裁判批判をする中で筆者は判決を支持する論評を公にした。
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筆者は、鈴香の父親の暴力にさらされていたこと、学校ではイジメの対象だったことなどの悲惨な生い立ちを調べ、裁判の傍聴、調書の読み込み、関係者への取材などを重ねて、検察とも弁護側とも異なる、独自の「真相」を明らかにする。

俺もうろ覚えに、畠山鈴香という名前と、恐ろしい殺人者というイメージを結び付けていた。
自己顕示欲が強く、平気で嘘をつく淫奔な女。
事件報道にそれほど興味がないから、あまり身をいれて読んだり見たりはしなかったくせに、マイナスイメージはしっかり持たされていた。

高裁は控訴棄却で、鈴香の無期懲役が確定した。
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警察と検察における長く厳しい・かつ脅したり賺したりする取調べの様子を読むと、俺でも「自白」してしまうかと思う。
よほどしっかりした弁護士がいて、適切な指揮をしてくれなければ、世論とくに狭い近所の人々などからの孤立感に耐えられず、取り調べる者に迎合しようと、心にもない証言をしてしまうことも大いに考えられる。
何よりも、今現在の拘束状態から解放されたいという目先の願望が冷静な判断をできなくする。
ましてや鈴香のようにもともと性格に弱さがある場合は、検事さんを怒らせたくない、検事さんに気に入られようという気持ちが強くなる。
そもそも検事は警察と違って自分の味方だと思っているのだ(そう思わせるような警察と検事の言動もある)。
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鈴香の生い立ち、小さな子供を抱え家事もロクにできないシングル・マザー。
先の見通しもない。
読んでいて可哀そうで仕方がなかった。

迅速な裁判を標榜する裁判員制度の採用直前であったために、実験的に無理にも簡略な審理が進められていた。
俺は当時裁判員制度に反対の記事をいくつか書いた。
迅速化の裏で被告の権利がないがしろにされるという恐れも指摘したような記憶がある。

講談社文庫


Commented by antsuan at 2015-11-22 17:52
そんな眞相があったとは、、。
子育てがきちんと出来ない社会はやっぱりゆがんでいると思います。
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-22 18:00
> antsuan、あの事件はそういう意味で、多くの人たちに「他人事じゃない」ことを感じさせたとありました。
Commented by sweetmitsuki at 2015-11-22 19:03
本物そっくしの、本当に、ちょっと見ただけでは区別がつかないくらい精巧に作られた赤ちゃんの人形が、今、とても売れていて、私の知り合いに何人もその所有者がいます。
理由は、本物の赤ちゃんが欲しくても、とても育てられないから。
人形で満足している私らは、ギリギリの線で現実と折り合いをつけているのですよ。
本当に、他人事じゃないと思い知らされた事件でした。
Commented by fusk-en25 at 2015-11-22 19:40
彼女は現実に一つでなく2つも殺人を犯している。
しかも同じ日でなく。
被害者側から見たら「社会が」と言うだけでは決して済まされないでしょうね。。。
一瞬の心神喪失なんか誰にでもある。それでも大概の人は殺人を犯さない。
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-22 21:17
> sweetmitsukiさん、つくづく我が母親はエラカッタと思います。
よくも育ててくれました。
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-22 21:23
> fusk-en25さん、彼女は「社会が」などとはいってません。
反省もロクにできない女です。
そういう風に育ってしまった彼女が可哀そうだと思います。
育ちだけではないかもしれない、持って生まれた性格・才能もあるのでしょう。
彩香の死は過失だった可能性も大です。
Commented by hanamomo08 at 2015-11-22 22:53
地元の事件として、毎日毎日ニュース、ワイドショーを見ていました。
最初はなんてひどい女だろうと思っていましたが、ワイドショーのリポーターの取材で、彼女の背景がいろいろわかってきたのです。
高校生の頃の卒業アルバムに書かれたクラスメイトの寄せ書きのひどさ、悲しくなりました。
そんな寄せ書きを確認、チェックもせずに印刷に回した先生達のいいかげんさにも腹が立ちました。
父親との関係も報道されました。
彩香ちゃんは田舎のお店屋さんで飴をもらう時必ず母である鈴香の分ももらっていたとか。
事件の真相が明るみになっていくうちに、私の怒りは悲しみに変っていきました。
だけど、やっぱり人を殺すことは許されないと思います。
この町は自殺率が高く、数年後この町で自殺予防フォーラムが開催されました。
この橋も通りました。
鈴香は連日のテレビの取材に生き生きしているようにさえ見えました。
なんだか現実とまったく違う世界を生きている人のように見えたのは私だけでしょうか?
この本、読んでみたいです。
Commented by jarippe at 2015-11-23 06:06
この事件 覚えています 忘れっぽい私が
それだけ強烈だったからでしょうか
犯罪者のできあがるまで 犯罪を犯してしまう
その奥のところは もしかしたら
誰も入りきれないのかもしれませんね
・・・・・ 世の中の常識を超えるものが沢山あるのが
世の中ですし
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-23 09:53
> hanamomo08さん、二ツ井は、たしか佐藤嘉尚(ごぞんじ?)の故郷、日本で一番短い恋文コンクールなんかをやりませんでしたか。
ずっと人の陰に隠れてバシリでもなんでもやって仲間外れにならないように生きてきた影の薄い女が突然一挙手一投足を注目され、メデイアは甘い噺も持ちかけたでしょうし、ある意味では違う世界に飛び込んだような浮揚感があったかもしれないですね。
そんな薄幸の女が今牢獄で日々を暮らしているかと思うと、やはり可哀そうです。
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-23 09:55
> jarippeさん、遺族の怒り・悲しみは当然で、それなりの報いは受けなければいけないと思いますが、多くの殺人者は哀しい人間なのだと思います。
Commented by ほめ・く at 2015-11-23 10:19 x
私はこの事件について当時のブログで「ある女の物語」というタイトルでフィクション仕立ての記事を書きました。佐平次さんの書評を読む限りではこの本とほぼ同じ視点で書いていた様な気がします。
記事では「私は特別な人格を持った人間の特殊の犯罪ではないと考えています。むしろ日本中どこでも起こりうる、普遍的な犯罪ではないだろうかとさえ思っています」と結論づけましたが、その後に起きた類似の事件が裏付けていると思います。
Commented by saheizi-inokori at 2015-11-23 10:31
> ほめ・くさん、特別な人格でも特殊な犯罪でもない、ただ特別な環境・条件におかれた弱い女が起こした犯罪だと思いました。
普遍性があるから、多くの、とくに若い母親が他人事ではないと感じたのかもしれない。
Commented by nenemu8921 at 2015-11-24 21:35
心に残りました。
そういうことだったのですか。
最近の事件は弱い立場の人、哀しい状況にある人が、悲鳴を上げるように、起してしまうことが多いのですね。
(刑事コロンボの物語のような知能犯の侵す計画的犯罪は、現実には少ないのでしょうね)

Commented by saheizi-inokori at 2015-11-24 23:20
> nenemu8921さん、逃げ場をなくして窮鼠猫を噛むように?
冷静さを失くしてしまうのでしょうね。
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by saheizi-inokori | 2015-11-22 12:18 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(14)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori