隠居は勉強が好きだったんだ 加藤周一「日本文学史序説」(上)

加藤周一も苦手だった。
少し親近感を抱いたのは、「高原好日」を読んだときだった。
それにしても富裕なハイブラウというだけでなんとなく退いてしまうのが俺の育ちの悪さだ。
この本もずいぶん前に買って、さいしょの「日本文学の特徴について」から「第一章 『万葉集の時代』」あたりで途中下車していた。
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この間、読み始めたら、とてもとても面白いではないか。

『十七条の憲法』の外来思想を吸収しながらも、天皇制権力の確立と共同体の「和」を強調してやまぬ、しかも文章としてもみごとであったこと。
『万葉集』には女流歌人が多く、「おそらく抒情詩の作者にこれほど女の多かった時代は古今東西に例が少ない」だろうこと。
日本にはまず(たをやめぶり)があって、その後(13世紀以来)外国文化の影響のもとで「ますらおぶり」がつくりあげられたこと(賀茂真淵は、平安朝以来の和歌の伝統の中で暮らしていたから、それとの比較で『万葉』の「ますらおぶり」を語った)。
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紀貫之『土左日記』は、社会風俗(外部)の観察者としては遠く円仁『入唐求法巡礼行記』に及ばず、自己の生涯の意味(内部)の探求者としてははるかに道真に『菅家後集』に及ばなかった。
それでも、貫之が誰よりも深く土着の世界観に根ざしていたがために、十世紀以後十二世紀末までの、摂関時代の「女房文化」を予告していた。
しかし、その『土左日記』をはるかに凌駕していた二つの作者不明のかな書き散文作品があった。
それは、想像的世界の豊かさと話の構成の見事さにおいて『竹取物語』であり、場面の変化と心理的な叙述の洗練において『伊勢物語』であった。

適当に抜いてみたが、どこを読んでも今までの知識の曖昧さをたしなめられたり、新しい知見を教えられて、心弾むのだ。
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どうも『神聖喜劇』がこういう文章に対する抵抗をなくしたばかりか、俺がいかにモノを知らないままに生きてきたかを思い知らせて、いわゆる知的常識に対する飢餓感を刺激したことが大きいようだ。

読んでいるときは興奮しているけれど、本を閉じて三歩も歩くとほとんど忘れているのだ。
それでも、たしかに充実を感じる時間を過ごせたのだから、ありがたいことだと思う。
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ちくま学芸文庫

Commented by sheri-sheri at 2015-07-24 14:44
俺の育ちの悪さ・・なんてとんでもない。さへいじさんのようにおばあさまやお母さまに慈しんで育たれた方は、弟さんをのぞいてあまり知りません。対極にいるのがどこかの総理です。昨日、真向かいの奥さまと立ち話最中、どうにかしないといけない・・あの育ちの悪さ、下品さと話されました。ゴムのパチンコ・・で命中できないかなと。皆、ほとほと困っています。 さてさて、カメラワークがほんとに素晴らしい。視点に愛があるからですね。切り取った世界が優しさに満ちています。さ平次さんの読書量凄いですね。尊敬します。
Commented by ほめ・く at 2015-07-24 15:40 x
加藤周一「日本文学史序説」は、エヘン、20代の頃の愛読書でした。堀田善衛「ゴヤ」と共に夢中になって読みました。若い頃の読書っていいですね、感動しますから。それが今では内容をスッカリ忘れてるんだから、困ったモンです。
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-24 17:15
> sheri-sheriさん、ハハハ!ゴムのパチンコはよかった。
カエルの面に、、よりは痛いかな。
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-24 17:17
> ほめ・くさん、凄いなあ、エヘンの価値ありです。
私は愛読なんて出来なかったでしょう。
Commented by fusk-en25 at 2015-07-24 19:39
私も須賀敦子、加藤周一。堀田善衛は好きな作家です。
3人に共通している異郷からはるか日本を眺める視点は
自分の内部の飢餓感も含めた愛おしさのようなものがあるからでしょうか?重複文化の重なり具合の重なりは何かと常に見据えている目なのかと思ったりもします。
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-24 22:18
> fusk-en25さん、純粋ドメスティックの私にはもうひとつわかりにくいのですが、常識も知らない自分にとっては新しい世界です。
Commented by unburro at 2015-07-25 01:39
鶴見俊輔が、逝ってしまった…
93歳とのことで、年齢に不足はないのですが、
加藤周一が逝った時と同様の、喪失感を覚えます。
日本人が、どんどん愚かになっていくような不安を感じるのです。
学生時代、この町(京都)のどこかに加藤周一が居る、
と思うだけで、小難しい本を読む励みになったものです。
Commented by j-garden-hirasato at 2015-07-25 08:38
こんな本があるんですね。
文学とは無縁の世界に生きていますが、
一般教養として、
知っておかなければならないことが、
多く書いてあるように思いました。
Commented by nenemu8921 at 2015-07-25 10:30
鶴見俊輔が逝き、テレビでコメントする大江健三郎の老いた表情にガクッと来ました。
「日本文学史序説下」を読みたいなあ。
近代のどのあたりまでの言及なのでしょう。

猛暑がつづき、涼しい部屋で読書が嬉しいですね(^_-)-☆
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-25 20:20
> unburroさん、日本人はどんどんおろかになっていますね、まちがいなく。
今頃やっと加藤の本を読む隠居がいるのですから。
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-25 20:22
> j-garden-hirasatoさん、おっしゃる通り、一般教養ですね。
それも面白い教養ですよ。
Commented by saheizi-inokori at 2015-07-25 20:25
> nenemu8921さん、私もまだ下巻を読んでないのですが、70年代の三島あたりまでみたいです。
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by saheizi-inokori | 2015-07-24 13:36 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(12)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori