いろいろありまして、つまりは圓太郎の大熱演「藪入り」 第559回「落語研究会」
2015年 01月 21日
だとしたら、なおのこと、いったいなぜ、今この時期に彼らの敵であるイスラエルやエジプトに出かけて行ってお金を(莫大な)出すなどと言ってニコニコ握手したのだろう?
「後藤さんの身代金は払いませんよ、日本はあんたがたの敵ですよ」というメッセージを伝えに行ったのか。
3時間も待って、「ブレーク」って何のことかなどと思いながらテニスの試合を見たりして、結果は「中性脂肪が高い」。
すっかり処分したと思ったスーツが一着だけ、しかも紺、が残っていた。
ネクタイは自然にむすべた、考えたらできそうもない。
10人全員、黒か紺のスーツ、取っといてよかったな。
故人を偲ぶ言葉、「○○先輩は逢った最初から亡くなる迄、行儀の悪い俺を拒否せずにいつも同じ風呂に入れてくれたような気がする。
熱い湯だと、こっちが入りやすいぞ、とか教えてくれて。
直接の上司にはならなかったがナナメの関係、横の関係、いつも一緒にいるような気分にさせてくれた。
ポッと話された言葉が、俺の行き過ぎをたしなめてくれていたことが今頃わかるような気がする。
省みれば俺はいつも優しい先輩たちの風呂に入ってぬくぬくとしていたような気もする、それがさっきから諸先輩の偲ぶ言葉を聴いていたら、ハッと分かった」。
司会していた先輩が「風呂の話は比喩ですね?」と、いい人だけど、昔からこういうことで困ったちゃんだった。
でも、こうして書いていると、たしかに俺の話も比喩だか何だかわからないなあ。
昔からいつも説明不足なのだ、それで作らなくてもいい敵を作りもした。
安倍のことを言えないなあ。
雷太「古着買い」
江戸っ子のタンカ、練習中でんな。
一之輔「星野屋」
「嘘は罪」ってスタンダードがあったなあ。
思いのほか弾けず、しかし軽いあっさりとした笑い、悪くないが。
喜多八「盃の殿様」
吉原に行かせてくれないと具合悪くなっちゃうもん、困った殿様。
しなだれかかる花魁・花扇の見あげる顔は「にらみ返し」。
例によって殿様と家老の花魁ごっこに爆笑。
飛脚の東海道中、言い立て、江戸に入ってからが細かくなって「黄金餅」を思わせて、しかも加速していくのが楽しかった。
飛脚が明治初年まで行方不明になったってさ。
志ん橋「居酒屋」
喜多八が殿様と花魁の酒ときたらこっちはしがない酔っぱらいの一人酒。
「酸っぱ口」醤油みたいな酒を飲みながら、小僧を冷やかす。
小遣いやるからなんか唄えと言われた小僧が直立不動、「きみが~よお~」、かわいいんだなあ。
銀座の「球磨川」に行くと常連だったという志ん朝のエピソードを聴かされ、そこには必ず登場する弟子の志ん橋、球磨川の近くに住んでいる由。
球磨川の酒を思いつつ、こういう噺を聴かされちゃあ、ああ、早く帰って呑みてえよ。
圓太郎「藪入り」
酒の噺が続いたら、こんどは金馬の十八番が続く。
1月16日は藪入り。
さいきんの噺家は大卒ばかりだが自分は高卒、貧しかった子供の頃のいろいろをマクラにしてネタに。
3年ぶりでたった一日の帰宅を許される11歳の亀ちゃん。
興奮して眠れないのは本人よりもおとっつあん。
「炊き立ての飯を食わせてやれ、納豆も卵も。スキ焼、天ぷら、鰻、饅頭、、ぜんぶ喰わせてやろう。
お前は分らないだろうが奉公していると、藪入りで帰ったらしたいことがたくさんあるんだ。
銭湯に行って11歳の背中をながしてやりてえなあ。
世話になってる人にも挨拶に行かなくちゃ。
浅草、川崎、横浜、身延山、名古屋、、連れて行ってやりたいなあ」
延々続く、「一日の間にかい!?早くお寝よう」、カミさんもとうとう徹夜につきあわされる。
やっと帰ってきた我が子がまぶしくて顔をあげてみることもできないおとっつあん。
カミさんに促されて、やっと顔をあげて、「おお、大きくなったなあ!」
俺もジ~ン。
あちこちで啜り泣きが聞こえる大熱演だった。
嫌らしくない大熱演。
牡蠣フライとイカと大根の煮たのを食って、帰って人質のことを知ったのさ。
暢気な隠居也。
フランスの人質事件でオランドの支持率が20→40%に一気に上昇しました。安倍もそれを狙っているかも。
身の程知らず、という言葉が浮かびました
神戸震災の追悼もせずに飛び出して!
お風呂のことを確認する司会の方に、
ほっとしまして笑いがでました
マーク・ローランズの「哲学者とオオカミ」で「人生でもっとも不快な瞬間が、もっとも貴重な瞬間でもありうる。」という言葉がありました。
後藤さんには無事帰って欲しいです。
日本の国内に「軍事会社」を作った馬鹿には同情出来ずにいます。
一人で薄っぺらならかまやしないけど、総理では困ります。