能と落語と80分づつなんて欲張り過ぎだった むかし家今松独演会を早退したこと
2014年 11月 10日
安達が原の鬼女が祈りに敗けて消えたのが3時20分落語会は6時から、銭湯グッズも持っていったが風邪気味なので自重して外苑あたりを歩いた。
こういう時に喫茶店で時間をつぶすことはめったにない。
モッタイナイような気がするのだ。
そうするといつもぐるぐる迷うのだ。
外苑から千駄ヶ谷にかけて狐が棲んでいるんじゃないだろうか。
変な競技場を作ったりすると悪さをされるぞ。
迷ったり、銀杏並木の下のベンチでナッツバーを食ったりしたからけっこう時間をつぶせて足も疲れて青山一丁目から一駅なのに地下鉄で永田町に出た。
開口一番はらく人「花色木綿」
あまり面白くなかったが、思えば俺の方が既に変調の入り口だったのか。
笑二「元犬」
らく人に続いて立川流、沖縄出身の二つ目。
そういえば琉球人の顔をしている。
驚いたときの表情がとてもユニークで愛らしい。
落語家になった動機は中学だったかの時に「走れメロス」の主役をやって人にウケる喜びを知ったからだと、そのときの”デブのメロス”の話をする。
砂糖キビ畑をかけてゆくメロスがまぶたに浮かんだ。
犬が人になるんじゃなくて傍にいた乞食が、犬のシロが人間になったふりをするというサゲ。
噺家にしてはヒネリの利かない時事ネタ、それがこの人のある種の魅力でもあるのだが、を聴いているうちはよかった。
ケチな男が嫁さんを貰うと金がかかるから嫌だ、とか寒い日にカミさんの蒲団に潜り込んだ、などと言うのを聴いて、ああ、「味噌蔵」だなあ、でもパンフレットには違う演目が出てたんじゃなかったか、などとぼんやり考えているうちに、能楽堂でいったん撃退した睡魔が性懲りもなく反撃してきた。
なんとか目を開けようとするが、今度の攻撃は半端ない(って言葉初めて使ったぜ)、うつらうつら。
いつのまにかサゲとなって、おや、間違った!と思ったらやっぱり間違いで今松が「間違えましたね、こういうのもライブの楽しみで、、」と言っておしまい。
仲入りになって考えた。
この後は猫八の物まねと、今松の「敵討 札所の霊験」。
今松の噺は長講も長講、80分の予定だ。
笑いの少ない込み入った圓朝噺。
この眠たさは尋常ではない、ひょっとすると朝薬で抑え込んだ風邪が進行しているのかもしれない。
噺が始まったらもう途中退場はできないし、、。
だいたい今松の渾身の長講一番に集中できなかったら演者にも失礼だ。
というわけで、居残り会メンバーに挨拶して早帰り。
それじゃ早退した意味もない。
そうだ、蕎麦屋にしよう、ここなら飲みすぎることはない。
正一合の燗をちびちびやりながら、さっき演芸場を出る時遅れて飛び込んできたMさんに受け付けんとこで借りた(あわただしかったなあ)本を読む。
これが面白いから、注文した「ヒレカツ(皿)」がなかなか出てこなくても気にならない。
一本呑み終わる頃、ヒレカツが出て、したがってもう一本。
それでおつもり。
ちょうどいい晩飯なりき。
早帰りのおかげでまだ開いている店でヨーグルトや野菜を買って帰った。
17700歩。
いま調べたら4月に今松独演会のときも同じくらい歩いている。
あの日は最後まで聴いて居残り会もやったのだった。
随分長い演目があるのでびっくりです。
私も日に日に衰えを感じる今日この頃です。
その内食うことすら忘れているか、のべつまくなし食いたいかなんでしょうね。
紫陽花もとまどっているのか^^。