来襲機、千数百を超え、こちらは皆無、しかし戦争は続いている 大佛次郎「敗戦日記」

山田風太郎の「戦中派不戦日記」を感動して読み終わって本箱をみたらこの本があった。
1995年発売、買ってそのままになっていた。
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すぐに読まずにいたのがよかった。
本書の中でも大佛次郎は「前に読んでつまらなかったのは読み方を知らなかったのだろう。素晴らしい○○だ」というような読後感を随所に書いている。
このところ俺の読む本が面白いのはこの歳になった今読むから味わいが(苦みが強い)深いので、2・3年前ですら面白くは感じなかっただろう。

大佛次郎は死を前にして生涯に収集してきた約三万五千冊の単行本に二万冊の雑誌、数万点に及ぶ草稿などを郷土・横浜に寄贈した。
昭和四十八年没後、横浜『港の見える丘公園』の一角に「大佛次郎記念館」が設立されてこれらの資料を整理する作業の過程でこの日記が見つかった。
昭和十九年九月十日の日付で突然書き始められて敗戦後昭和二十年十月十日を以て終わっている。
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夢中になって読んだ。
『ドレフェス事件』で軍部を批判した大佛はこの日記を書いている間、朝日新聞に『乞食大将』を連載、これも後藤又兵衛を題材に当時の軍人批判がうかがえる作品(というのは福島行一の解題にあるのであって俺が読んだときはそのように読み取ったかどうか記憶にないのだが)だ。

山田風太郎が医学生であったのに対し大佛は既に『鞍馬天狗』などによって一流の作家・四十六歳であったから厳しい耐乏生活であってもはるかに恵まれている。
住んでいた鎌倉も空襲がほとんどない上にメデイアや知人・作家仲間など多くの人たちが物を融通してもくれてなんだかんだとよく呑み食い語りあっている。
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そして、この日記の最大の特徴は大佛の人格・性格のしからしむるところと思うが、明るく前向きなのだ。
軍部やその言いなりになったりお先棒を担ぐ愚かな人々、とくに戦争の雲行きと歩調を合わせるように人心が乱れ「あさましい」ことがあちこちで目につくのをうわさ話の類も含めて丁寧に記してはいても、嘆きつつも本人はからっと明るい。
人は人、俺は俺、なすべきことをなすのみ、と。

毎日よく本を読む。
トルストイの『戦争と平和』や戦争を描く短編集、ゴーゴリ、ツルゲーネフ、チェホフ、ゲーテ、アナトール・フランス、、外国作家ばかりか日本人作家のものも、藤村の『家』を褒め荷風を低く見る。

山田風太郎との共通点は「よく読む」と「友人と付き合う」、そしてよく呑む。
それがこの苦しい時を過ごす最大の秘訣だったのかもしれない。
当時の文化人の生活、向こう三軒隣組の日々、物価など貴重な史料だ(大佛も物価を書くことを日記の目的にしていたようだ)。
とくに彼の立場上メデイア関係者やしかるべき筋の人から一般市民が接することのできない情報も入手できて、国民をつんぼ桟敷におこうとする政府・軍部の非道を憤る記述が多い。

明るく元気とはいえ、毎日のようにつきあっている吉野と呑んでいてバケツの水を頭からかけて「腹を立てなかったことに感心した」などと書いているのは、やはり荒れる日も多かったに違いない。
呑んでは目の前に人がいるのに寝てしまう(しょっちゅう)、野グソをする、そんなことも書いている。
奥さんが一番大変だったろうと思う。
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引用したい記述はあまたあるけれど、戦後大佛が東久邇内閣の参与を委嘱されて(九月三日)、辞める九月二十七日の記述を引くにとどめる。
十一時少し過ぎ殿下に会い治安警察法その他の法令の廃止、暴力行為の厳重取締につき進言。この内閣の使命が積弊をブチコワスことにある、国民もそれを期待すと話す。辞去するに際し戸口を出るまでにどうもありがとうと二度まで云われる。アメリカから云ってくる前に果断にやって貰いたいのだが今の内閣の腰抜けでは心もとなし。毎日に寄り永戸政治と話す。
 玄米をつきに畑の家へやったら盗まれたそうである。長後から来ていた女中二人帰る。とよ姉妹が来ている。斉藤一、ベーコンとソオセージ関口さん宅までとどけてくれる。
山田風太郎の日記を読んでいるときもそうだったが、責任を果たすべき連中がそれを果たしさえすれば、多くの死や惨劇がなくても済んだことがいまだに悔しい。
糞エリートの責任を追求すべきだ、今からでも遅くない。
靖国神社に祀るなどとんでもない。
Commented by unburro at 2014-10-16 15:43
<責任を果たすべき連中がそれを果たしさえすれば、>
今は、責任という事の意味すら判らない連中が、責任者になっている時代です。 どうしようもない・・・

しかし
野グソ・・・
これから、大佛という難しい読みの大作家の名をを見聞きする度に、
同時に「野グソ」という言葉が想起されるような気がします・・・
そして、
<糞エリート>で終わる今日のブログ。
saheiziさん!こういうの好きです(笑)どんどん言っちゃって下さい。
Commented by namiheiii at 2014-10-16 18:15
それにつけても今の「糞エリート」の顔がうかびます。責任を追及すべきはその方が先ではないでしょうか?
Commented by rinrin at 2014-10-16 19:40 x
佐平次さんも本をジャンルを問わず読まれるのが速いですね
私は100分の1も追いつかない感じ^^;)
目が悪くなったせいにしてますが・・・・・?
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-16 20:57
unburro さん、どんどんはともかく「めくら桟敷」はおかしかったです。
なんでこんな間違いをするのか我ながら情けないです。
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-16 20:59
namiheiii さん、おっしゃる通りですが、今の子たちの爺さんたちがもう少し子弟の教育をちゃんとしてたらこれほどのことにはならなかった、それも責任追及したいです。
Commented by saheizi-inokori at 2014-10-16 21:00
rinrin さん、これでもオレ流ジャンルのつもりですが^^。
読むそばから忘れる読書です。
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by saheizi-inokori | 2014-10-16 11:26 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori