鶴と亀と天女と老尼と四頭の獅子が舞い踊り 俺は燗酒を飲む十三夜

台風一過の澄明な秋の空、ただでさえ別世界の能楽堂が天空もかくやという心地よさ。
国立能楽堂開場三十周年記念公演と銘打って四日間、いずれも豪華な番組、そのなかでひときわ激戦を究めた三日目の切符。
俺は半ばあきらめていたら「取れたらいきますか?」「いかいでか!」
同じ空気を吸っている人とも思えない、いつもトリガテの切符を取ってしまうお方、執念の違いかもしれない。
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近藤乾之助、85歳が皇帝(シテ)になって能「鶴亀」
子方の高橋希、和久倫太郎がたどたどしくも微笑ましく鶴と亀の中之舞。
続いて皇帝自ら、喜びの楽。
年寄りと子供と、、めでたし。
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お目当ての中のお目当て、友枝昭世の「羽衣」(舞込)
三保の松原の漁師・白龍(ワキ・宝生欣哉)が松の枝にかかった美しい衣を持ち帰ろうとすると、幕の内から
のう その衣はこなたのにて候
低く、しかしよく通る声、人の発する声とも思えない。

衣を返さないと言ったときの天人(シテ・友枝昭世)のいかにも途方にくれた頼りなげな風情、天人五衰眼前がタマラン。

白龍ほだされて、衣を返す。
衣を「あらうれしや候」と受け取る天人、にわかにすっと背が伸びたよう、神々しさを取り戻す。

シャンパンゴールドの紗には草花の縫い取り。
裳裾を翻し天人が舞い踊ると、不思議だ、能楽堂が三保の松原になりそれがそのまま天空になった心地。
東遊(あずまあそび)の駿河舞、この時や初めなるらん
世界遺産には登録されなかったか。

序ノ舞に入ると
色香も妙なり、少女(おとめ)の裳裾、左右左、左右颯々の、花をかざしの、天の羽袖、なびくも返すも、舞の袖
ますます華やかさを増す。
やがて時移って、三保の松原から浮島が原へ、さらに愛鷹山から富士の高根へ、橋掛かりを幕の方へ遠ざかる。
かすかになりて
幕の前で、糸の切れた凧が空に舞い上がっていくように小さくクルリクルリと二度ほど回って
天つ御空の、霞にまぎれて、失せにけり
幕の内に消えていった。
席が正面の右壁よりだったために橋掛かりの勾配、距離感がいつもよりはっきりして、天人が空遠く消えていくのが、ゾクゾクするようにリアルに感じられた。
能舞台ってのはうまくできている。
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狂言「庵の梅」
羽衣の囃し方、笛・一噌仙幸、小鼓・林吉兵衛、大鼓・亀井忠雄、太鼓・観世元伯が揃って、向かい合って囃す。
里の女(アド・野村万蔵)たち女五人が登場。
庵の老尼、御寮様(シテ・野村萬)の庵の梅が見ごろだから見に行こうと連れだってやってくる。
老尼と女たちの梅見の酒盛り。
謡あり小唄あり舞あり、なんとも長閑なり。
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半能「石橋(大獅子)」
寂昭法師(ワキ)が宝生閑、久しぶりに見られて嬉しい。

舞台前面一杯にそれぞれ赤と白のみごとな牡丹を飾った二つの一畳台が置かれてこれが石橋の見立て。
普通の演出と異なり、白獅子(シテ・観世銕之丞)、白獅子(ツレ・片山九郎右衛門)、赤獅子(ツレ・観世喜正)、赤獅子(ツレ・梅若猶義)と四体の獅子が舞台狭しと舞い踊る。

笛・松田弘之、小鼓・幸清次郎、大鼓・柿原崇志、太鼓・小若佐七が猛烈に囃せば獅子どもは得たりやおうと首を振り足を踏み鳴らし身体をゆする。
スペクタクル、豪勢。
ああ、余は満足。
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五時前に終了、切符を取ってくださった方たちと「ちょっとやって」いく。
実はブログにアップしてないが先週埼玉で「ヴェニスの商人」を堪能したあと、国立能楽堂で友枝昭世「枕慈童」などを見たのだ。
その時に懐かしい仲間と久しぶりにご一緒して反省会をやり、「イイネ、この集まり」だった。
行き当たりばったりに入った「台楽」も気に入った。
こんなにすぐ再会するとは天女のお導きだ。

能を習っている方も加わり一段と楽しく盛り上がった。
テレビと向かいあって座っていたAさんが、「あら!奥田瑛二が亡くなった」と小さな悲鳴。
振り返ってみたら「豊田英二」だった。
ね、楽しそうでしょ。
奥田さんのご冥福を祈りつつ。
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「三五夜中の、空にまた」、天人は月をさして天翔けているのだろう。
Commented by itohnori at 2013-09-18 16:03
saheizi-inokoriさん 、こんにちは。
 能を理解されるのですね。
その様な教養のある人が羨ましいです。
Commented by korima at 2013-09-18 19:31 x
友枝さんの「羽衣」
見たいです…
こうして丁寧に言葉で所作を綴っていただくと
むかし出会った舞台を思い出します。
「観たい」気持ちを励みに、体操して体力つけなくっちゃ
Commented by みい at 2013-09-18 21:50 x
こんばんは

 明日の名月、きれいでしょうね。
見ましょう^^。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-18 22:08
itohnori さん、私も能を観はじめて数年、最初はこんなもの見てられっかみたいな気持ちでしたが、心を解放して見ているとなんとも言えない心地よさ、装束の美しさ、お囃子や謡の意味は分からなくても腹の底に響くような音、まして筋書が分かればいうことはない。
ぜひチャンスを見つけて足を運んでご覧ください。
理解しようと思わずに感じたらいいと思います。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-18 22:11
korima さん、その時によってもう一つ心に響かないこともありますが、昨日は素晴らしかったです。
なんどか観ている演目だから言葉もわかったせいかもしれない。
ぜひお体を大事にして能楽堂に足をお運びください。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-18 22:12
みいさん、昨日も今日もため息が出るほどきれいな月です。
Commented by keiko_52 at 2013-09-18 23:26
お友達と楽しい観劇ですね。
彼岸花もきれいだこと、台風がきて一挙に秋ですね!
Commented by 旭のキューです。 at 2013-09-19 05:32 x
文化人のレベルを感じています。私は、体育会系でいきます。
Commented by at 2013-09-19 06:44 x
ややっ!ブログのデザインが変わりましたね。
遅い反応でしたら失礼。お能のようにぐっと渋くなりました。
これからも上質なものを選んで楽しむ日々の記録を書いてください。
Commented by chaiyachaiya at 2013-09-19 09:56
本当っ!和で渋い!
能では、笹の葉持っていたら、気狂いの証、でいいのでしたっけ?^_^; そうならないよう、気をつけなくちゃ、と思う満月です。
いつか本物の、能を見るっと!
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-19 11:33
keikoさん、いちばんいい季節かもしれないですね。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-19 11:34
旭のキューです。さん。体育の日も近いですし、オリンピックもあなた方は間に合いそうですね。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-19 11:39
chaiyachaiyaさん、能は国立能楽堂に行けば手軽に観られます。
定例公演だと詞章がモニターに出ますからわかりやすいですよ。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-19 11:40
福さん、月見に合せて、、又元に戻します。
Commented by 熊伍朗 at 2013-09-19 19:19 x
「鶴亀」・・・懐かしいです。観世流の謡いは「鶴亀」から始まるんです。
「羽衣」も舞ったことがありますが、師匠から「君に女舞は似合わんなあ」と言われました。
Commented by saheizi-inokori at 2013-09-19 22:06
熊伍朗さん、先日は能を習っている方もご一緒でいろいろお話を聞けました。
石川遼君のように自然に謡の詞章を覚えるなんて凄いですね。
生まれかわったら習おうかな^^。
Commented by つきのこ at 2013-09-23 14:11 x
佐平次さん、こんにちは。

さすが国立能楽堂開場30周年、豪華な番組でした。
演能後は楽しい集まりに加えていただき、
久しぶりに大勢で笑いました^^ありがとうございました。
すみません、先日の話の追加です。(言ったかな??)
舞の部分の詞章を必ずノートに書きとめています。
これも覚えるひとつの手段です。


Commented by saheizi-inokori at 2013-09-23 18:58
つきのこさん、大笑いは健康にも好いそうです!
ノートに?やっぱりね、そうじゃなきゃなかなか石川遼式だけでは覚えられないでしょう。
舞の部分だけでも覚えて分かれば地謡のところもそれこそ自然に頭に入ってくるのでしょう。
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by saheizi-inokori | 2013-09-18 12:47 | 能・芝居 | Trackback | Comments(18)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori