故郷を失くした者は、それでもなお自由を求めて冬の旅に出る 辻原登「冬の旅」

冷たい雨が降りしきっていたので、中止かと思った「桜まつり」。
昼過ぎには雨があがったので道の乾くのをまってサンチと外出。
マフラーをしてくるんだった!寒いのを我慢して歩いて行くと遠く太鼓の音。
しぶとく祭りがおこなわれていた。
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深沢高校のみなさん、ご苦労さま。
ことしは八重桜もとっくに散ってしまって寒い祭りだったけど子供たちはサザエさん一家と記念写真を撮ったり屋台のモノをねだったり消防の服を着たり楽しんでいて、やっぱりがんばって中止にしないで良かったのだ。
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昼過ぎから読み始めて、少し読み残して寝たのだが、3時頃目が覚めて終いまで読んだのがこの本↓。
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2008年、秋葉原の事件の日、5年の刑期を満期勤め上げた38歳の男が出所するところから物語は始まる。
男は釜ヶ崎に戻り仕事を得ようとするが門戸は閉ざされている。
残り少ない所持金が尽きたら住むところがない。
私は別様に生きえたのに、このようにしか生きえないのは何故であるのか
彼が抗うつ薬の治験アルバイトのときに、用意された紙に書いた言葉だ。

普通の家庭に生まれて高校を出て銀行に就職しようとしたのに、、いろいろな出来事が彼を追い詰めていく。
物語は時間をさかのぼって、彼、彼を取り巻く人たちの人生の時を語っていく。
因果はめぐるのだ。
おれは、いまのおれ以外になれへんかった、それは運命とか宿命とかいうことか?
ほとんど登場人物の心理描写がない、すばらしく”面白い”物語のなかで、わずかに記された彼の心の中。
このあと彼の衝撃的な言葉が続いて小説は終わる。
さいごに初めて彼の心情が吐露されるのは意味深だ、それまではただ流されていたのかもしれない。

すばらしく”面白い”というのは、この350頁の物語のなかに現代がみごとに描きこまれているからだ。
そして人々が、その現代に翻弄されていく様が、自分のことのように共感できるのだ。

ここには、昭和62年に水上勉がその行く末を危惧した「故郷」は既に喪われてしまっている。
ハローワークに通う仲間が河原のグランドで野球をしていると、近くの青テントに住むホームレスが「よう、失業者諸君!」と冷やかす。
あいつらこそ万年失業者やないか!怒る仲間をリーダーが宥める。
「おれらかて、いつ、あの連中の世話になるよになるか知れへんよってな」と。
そのリーダーは仕事がないままほんとに青テントの住人になって「ここにいれば10年は食っていけるだけの金はあるからその間に生き方を考える」といっていたのに、中学生たちに殺されてしまう。

飲食チエーンの実態、XYYという異常な性染色体を持つ男の異常な犯罪と無力な社会、携帯電話部品工場でひたすらベルトコンベアーに向かい合う労働の残酷さ、阪神大震災における人間の弱さ、親をも食い物にしなければ生きていけない”まともな”人びと、老人介護の絶望、新興宗教団体の人びと、、、
今の、これからの人びとが続けていかなければいけない、荒涼たる冬の旅の”地獄百景”が説得力をもって描かれる。

絶望の果てに希望はあったのか?
因果・宿業の桎梏から自由になることは出来たのか?

異星人がこの小説を読むと現代日本と日本人についてほぼ正確な知識・情報を得ることができるのではないか。

「孤独」「回想」「カラス」「郵便馬車」「春の夢」「凍結」「幻」「菩提樹」「鬼火」、9つの章立て、その表題はシューベルト(ヴィルヘルム・ミューラー作詞)の「冬の旅」から取っている。
冬の旅 歌詞


(「冬の旅」から「辻音楽師」)

集英社
Commented by ジュ at 2013-04-22 13:16 x
いつの世も悲しいですね。
悲しい(又は哀しい)ので美を求める・・・。
Commented by saheizi-inokori at 2013-04-22 14:49
ジュさん、シューベルトの「冬の旅」には美があるけれど、現代の冬の旅は荒涼そのもの、美はないかのようです。
Commented by k_hankichi at 2013-04-22 19:03
美しくない冬の旅・・・。荒涼とした心象風景が繰り広げられるのでしょうか。しかし読んでみたいです。
Commented by saheizi-inokori at 2013-04-22 22:45
k_hankichi さん、そうではなく荒涼たる現実風景が繰り広げられるのです。
ハードボイルドです。お勧め、傑作ですよ。
Commented by maru33340 at 2013-04-23 05:14
苦手なシューベルトの音楽の中でも最も怖い「冬の旅」。
ご紹介を読んだだけで、既に怖いけれど、現実世界に向き合わなくてはいけないかも知れません。
Commented by yukiwaa at 2013-04-23 07:38
水上勉・・・よく姉が読んでいました。
本を読むということにのめり込んだ青春時代・・・「書を捨て町へでよ!」と言う寺山修二の言葉に、何かを感じた青春時代・・・今も昔も底辺でもがいている人たち、時代の犠牲になるべく生きている人はいる。
今は、息子達がそうならないように、しっかり<生活>する事を心がけるだけで精一杯。悲しい本が読めなくなった。心が暗くなるので^^^
Commented by saheizi-inokori at 2013-04-23 09:37
maru33340さん、今朝の朝日のユニクロ柳井のインタビューをお読みください。
Grow or Die 成長か死か、だそうです。
Commented by saheizi-inokori at 2013-04-23 09:39
yukiwaaさん、そうですね。
私も出来るだけ明るい落語とか音楽とかミステリなどで過ごしたいと思っています。
でも、ときどきそれではかえって空しいような気がして、シリアスなものを求めます。
きついけれど読み終るとカタルシスみたい、力が湧いてくることがあります。
Commented by c-khan7 at 2013-04-23 19:30 x
冬が終わり、春の旅が訪れるといいですが、、その兆しでも見えればそれが希望に変わるはず。
Commented by saheizi-inokori at 2013-04-23 21:24
c-khan7 さん、現状はますます暗いと思います。
落語でも聴いて気楽にしているしかないかも^^。
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by saheizi-inokori | 2013-04-22 12:02 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori