命の果てのうすあかり
2013年 02月 13日
突風に飛ばされそうになりながら歩いてありつくオアシス。
ユイが遊びに来て、俺の本棚から「宮沢賢治集」を「借りていっていい?」と訊いた。
「いいよ、ゆっくり読みなさい」と言ったこと。
そのときのユイの嬉しそうな顔を思い出しながら
スンません、もう一本外は寒いよ。
まさにこの季節にふさわしいですね。
安くてウマくて贅沢です^^。
雨にも負けず、風にも負けず〜。大きな湯飲みに書いて焼いてあります。 余り大きいので筆立てにしていますが。
こんなお嬢ちゃんですからアクセサリーより散歩や賢治の方が良いのですね。
是非サンちゃんをサプライズで或る日台湾へ。
ケージに入れてほんの数時間でしょー。大丈夫です。
おうどんも頂くようになりました。 美味しさも少し分かるかな?
京都の南禅寺界隈の湯豆腐って、あんな物にどうしてあんなに高いお金を取るのか不思議でした。 あんまり感心しませんでしたね。
「命のはての、、」はそこで久保田万太郎が作った句と聞きます。
二度ほど行きましたが、湯豆腐なんて気取って食うものじゃないですね。
精神は気取ってもいいのですが。
今は図書館も充実しているし、羨ましいくらいです^^。
やはり、年齢が関係しているのかも……。
ぼくはユイさんの頃は、まず、地図、年鑑の類。それから、歴史物語の系統。この頃に、心の関係や小説を読んでいたなら、もっと人間の機微を知れる人間になったのになァと思っています。
心の関係を読んでわかるためにはいろいろな知識や体験が必要なのかもしれないです。
どっちが先でどっちが後でもいい、いろんなことの積み重ねが人間をつくっていくのでしょうね。