現中国に李世民ありせば 塚本青史「李世民」(上下)

唐の二代目の皇帝・太宗の物語。
兄弟のなかでも陳た(ひねた)子と噂された。
大人顔負けの理屈をこね、早くに嫁も決まっていた。
後の長孫観音婢、皇后となりながら、質素を旨として、皇帝にその才を見込まれて朝議に出席して意見を言うように薦められても「雌鶏歌えば家滅ぶ」と「書経」を引用して固辞し、身内が登用されることを皇帝が身びいきすると見られるからと遠慮した。
それでいて突厥の人々が降って来たときは、彼らが唐の文化になじむように教育に力を入れ、後宮の女たちからも慕われた。
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李世民は常に冷静な形勢判断の上に果断な実行力をもって父・李淵を随滅亡後の唐朝の太祖に押し上げる。
兄である皇太子とやんちゃでバカな弟を殺して、父に譲位を求めるまでの経緯は迫力がある。

皇帝になって後、貞観の治(627~649)といわれる中国史上、理想的な政治を行い、唐王朝の基礎を固める。
彼のやり方は、敵対した者であっても勝敗が決し従う意思を示した者は許し、才ある者は側近・将軍などに重用したこと。
人を見る力が特段に優れていたし、自分に自信もあったから出来たことだ。
人間観察ができるから人をその気にさせるのもうまい。

また、諫言する者を側近くに置き、内心不愉快な直言でも、よく理解して尊重し、褒美を与えた。
新旧の出自も様々な男たちが皇帝を守り知恵を出し合って難題課題に立ち向かう様子は、プロジエクトXを見るようで、じつにおもしろい。

そんなに素晴らしい父と母の間に生まれた息子たちがダメなのが多くて、李世民の晩年最大の悩みは後継者選びだった。
いつの世にもあることだ。
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昨日、テレビでシルクロードの物語で高昌国の遺跡などを感慨深く見て、タクラマカン砂漠を旅した(孫悟空もいないのに)玄奘三蔵のことを「すげー奴がいたもんだ」と思い、彼の書いたという「大唐西域記」なるものを読んでみようかとも思った。
そうして寝る前に本書を読むと、李世民が玄奘を貴んで、インドから持ち帰った経典の漢訳を支援するくだりが出てきた。
李世民は文武両面に秀でた名君だった。

現在の中国を治めていくのにも本質的には李世民と同じような苦心と力量が必要なのだろう。
旧メデイアのみならずネットに対する監視を強化している有様は、唐王朝が要所要所に間者を配置し密告にも注意を払って謀反の芽をつもうとしたことに重なる。
周辺各国としょっちゅう摩擦・戦闘を繰り返していたことも、現代と変わらない。
高句麗に手を焼いているのも。
グローバル化した世界には李世民も戸惑うだろう。

塚本邦雄を父に持つ作者、その文体は独特な力を持っている。

日本経済新聞社
Commented by antsuan at 2013-02-10 15:56
北条政子や徳川家康が読んだ「貞観政要」の時代ですね。
Commented by saheizi-inokori at 2013-02-10 21:32
antsuan、そうです。
日本は中国に学んでいるのです。
Commented by kuukau at 2013-02-11 10:05
貞観大地震があった時代・・
東電は学びませんでした。
Commented by saheizi-inokori at 2013-02-11 15:25
空子さん、日本にも貞観はありましたね。
中国より200年以上後の年号、地震ですっかり有名になりました。
東電も政治家・学者、、エリートたちみんな学ぼうとしませんでした。
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by saheizi-inokori | 2013-02-10 12:01 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(4)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori