能三昧の昼下がり、身も心も夢うつつ 友枝会@国立能楽堂
2012年 11月 05日
宅配がご褒美を持ってきてくれた^^。
昨日、山田電器で新しいダイソン見て、吸収力とかゴミ捨て、静音など、今使ってるのとあまりに違うのでぐらっと来たけど、、もう少し我慢しよう。
俺にはサンチという強い味方がいるのだから。
ウマイ柿を送って下さる味方も。
お握りを作ってもらって能楽堂の前の庭でベンチにかけて、長くのびた樹の影を見ながら食う。
カミさんという味方もいるのだ。
想いが足りないのだと諦めていたらOさんが一枚余っているからと回してくださる。
想いが満ちている味方もいた。
能「経政」
壇ノ浦で打たれた平家の貴公子・経政を愛した仁和寺の守覚法親王、故人の愛着した琵琶の名器・青山を回向する。
するとその夜更け、経政の亡霊が幻のように現れて琵琶を弾き、夜遊の舞を舞って興じる。
しかしそれもやがて修羅道の苦しみ、憤怒の思いに苛まされる自らを恥じ闇の中に消える。
というのだが、、残念ながらしっかり予習していかなかったから半分も分からない。
そのせいだろう、緊張感のない能となってしまった。
狂言「入間川」
入間川あたりに住む人は何ごとも反対の言い方をする、ってどういう言い伝えなんだろう。
萬さんと扇丞の主従がほんわかして楽しかった。
上方からの帰り、富士が見えると喜ぶ二人、先日八ヶ岳で見た富士を思い出した。
長きにわたって富士は日本人の心を慰め力づけてくれた、味方也。
天津風、雲の通い路吹きとじよ、乙女の姿しばしとどめる優美な天女の舞。
シテが衣を着ないで現れると大きな冠が似合わず、貧相に感じられたのに、漁師・白龍から衣を返すと舞わないで行ってしまうのじゃないかと言われて
いや、疑ひは人間にあり、天に偽りなきものを白龍、恐れ入って
あら恥ずかしやさらばとて羽衣を返し与ふれば、それを両の手に捧げ持つだけで様変わり、きちんと着ると、あら不思議、気品のある天女が舞い降りた。
シテの謡がもうひとつピンと来なくて、、お囃子もなんだか、広忠さんも元気なかったかな。
雄太郎、元気いっぱい、飛んだり跳ねたり。
能「海人」
野太い「お~」小鼓と「はうわー」高く細い大鼓との掛け合いが一緒になって「お~はうわ~」、ちょっとおかしかった。
子方は大きな甲高い声で
ふささき~のだいじんとはわが~ことなり~がんばれがんばれ。
藤原不比等との間にできた子を世継ぎにしてくれるならば、
さてはわが子ゆえに捨てん命、露ほども押しからじと、千尋の縄を腰に巻き、海中深く潜って、竜宮から面向不背(どこから拝んでも同じ面)の名玉を取り戻そうと、海人は行く。
乳の下を掻き切り奪った玉を押し入れて息も絶え絶えに浮かび上がる。
そのときの子・房前(ふささき)の大臣が亡母を13回追善のために来て、当の海人の幽霊との邂逅。
今日は友枝喜久夫の17回追善、昭世師も父・喜久夫の霊に励まされたか。
ワキとのやり取りが生きている。
聞き取れずに意味が分からなくても生き生きとして力強い。
夜だけしか会うことができない幽霊の身、
今こそ帰らんあだ波の、夜こそ契れ夢人の、開けて悔しき浦島が夜の明けるのに、波の下に消えていく母・幽霊。
シテ・幽霊が橋掛かりを去っていく。
「能は去っていく姿にある」
ふっとそう思った。
単なる退場ではなくて、幽霊が幽界に戻っていく、その姿にそれまでの執着・悲しみ・喜び、、すべてが繰り返される。
静かにゆっくり滑るように歩んで、幕の前、三の松のところで、ふと足を止める。
残心、というのとは違うな。
心残り、心を遺していったのか。
よくぞ頑張った隠居でしたよ。
この入間様というのは、物事を言うのに全く逆の意味を言うことだそうです。これと入間川を掛けたんでしょう。
最後だけでよかったんだけど、、ほかの役者たちに怒られるかな。
ご示唆に乗っかって調べてみると、入間川が逆さに流れるという伝承がもとになっているという説もあるようですね。
入間川あたりに高麗人が多く住んで言葉が通じにくかったからという説も見ました。
http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2011/08/post-df04.html