冥土に救いがあった 芥川賞受賞作・鹿島田真希「冥土めぐり」

ことしも恒例の文藝春秋「芥川賞全文掲載」、なんせミーハーだかんな。
鹿島田真希の「冥土めぐり」
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苦節14年、主婦作家、御茶ノ水のニコライ堂に通うクリスチャン、中学時代は修道女に憧れた。
「一年ぐらいかけて百枚書いては全部捨て、一字一句書き直すことを十回ぐらい繰り返した」
「一緒に発表を待っていた夫の方が早く実感したみたいで、すぐにうれし泣きのような感じで泣き出した」

どうです、読んでみたくなりませんか。
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(ボクシングジムも)

豊かな父親のお蔭で何不自由なく育った母は夫(奈津子の父親)が早世してマンションを売らなければならなくなった後も過去の幻想に生きている。
否、半ば死んでいるのかもしれない。
現実離れをした夢想と借金だらけの浪費に生きている性格破綻者の弟と連盟軍だ。
母親は父親が亡くなった時から奈津子が連れてくる男に期待していたのだろう。弟もそうなのだ。母親と弟は太一(奈津子の夫)から全てをせしめてしまうだろう。金だけではない。誇りも、全て。太一は全てを失うだろう。彼女たちは自分たちはなにもしなくても与えられる側の人間だと思っている。なんの根拠もなくそう思っているのだ。母親にとって、男というのは搾取の対象でしかないのだから。母は、女であるというだけで、男に対してそういう態度をとってもいいと思っている。
区役所の職員だった太一は脳溢血で倒れて身障者になる。
脳の中に電極を埋め込んで震えは止まったが車椅子を使い情動にもどこか変調がある。
しかし、それは結果的には母親たちからの脱走だったかもしれない。
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(パン屋さんも夏休み)

奈津子はふとした気分で太一をつれてリゾートホテルに一泊二日の旅に出る。
かつては高級リゾートホテルで母親が子供の頃連れて来られた祖父が銀幕のスターよろしくタキシードを着てデコルテの見える祖母と踊った場所、奈津子も8つのときに両親につれて来られ、ことあるごとに母親から栄光の思い出を聞かされたホテル。
それが落ちぶれて区の保養所になって一泊5千円で泊まれるのだ。

保養所のあちこちに漂う老残の栄光、そこで過ぎ越し方を思う奈津子。
太一と会う前の奈津子の「あんな生活」、それは貧困でも、孤独でも、病気でもない、なにものかだ。
いつの間にか、泣くことすらしなくなっていた。語らない、泣かない、しかし退屈でもない。否定ばかりのこの有様は一体なんなのだろう
太一は奈津子との旅を楽しんでいる。
その楽しみ方は
奈津子とただ二人でいればそれで良い
というふうだ。
不自由な太一は多くの人に面倒をかけるのだが、それを当たり前のように受け止めて、世話をする人たちもなぜか太一が好きなようなのだ。
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(この店も休みかな)

一泊二日の間に奈津子は太一と語り太一を”観る”。
理不尽で不公平な人生をそのまま呑みこんでいる太一を。
太一にとっては、全ては海の満ち引きのようなものなのだ。
特別な人間・太一。
奈津子はそんな太一の傍にいても、なんの嫉妬も覚えない。そして一方、特別な人間の妻であるという優越感も覚えない。ただとても大切なものを拾ったことだけは分かる。それは一時のあずかりものであり、時がくればまた返すものなのだ。
シンデレラ姫のお話、救いの王子は脳に障害のある太一。
シンプルな構図、いくらなんでも酷すぎるような母と弟の話、そういった非現実的とも言える物語が俺にはリアルに感じられた。
それは現代社会の真実を切り取って見せているからだと思う。
厳しいけれど希望にむかって一歩踏み出した奈津子の後姿に力づけられる人も多いのではないか。
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「冥土めぐり」って?
ちょっとわからない。
Commented by c-khan7 at 2012-08-12 12:44
東京のお盆は七月なのに、この時期、お店は軒並みお休み。
街が静かになる。暑いからね。。お店だって休みたいか。。
冥土めぐり。生きていると色々な事に襲われます。でも生きてるからこそなのでしょう。
Commented by junko at 2012-08-12 15:57 x
Ciao saheiziさん
こっちもいよいよ夏季休業のお店、しまってるシャッターが増えてきました

なぜか、北野武監督の「花火」を思いだしました
Commented by saheizi-inokori at 2012-08-12 16:07
c-khan7さん、365日連休の隠居は曜日感覚もなし、ましてお盆休みってことも貼り紙で知るのでした。
Commented by saheizi-inokori at 2012-08-12 16:08
junko さん、見たよ、その映画。
絵がたくさん出てきたのと猫が歩かなかった?
Commented by きとら at 2012-08-12 22:16 x
>どうです、読んでみたくなりませんか。
 
<完全保存版 太平洋戦争 「語られざる証言」>
 
 こちらの方に目が飛んでしまいました。(笑)
Commented by saheizi-inokori at 2012-08-12 22:23
きとらさん、そうです、こっちも面白い。小沢がダメな所以の記事、橋下擁護の堺屋の記事、、いろいろあります。
Commented by cocomerita at 2012-08-13 06:08
猫は....覚えてないけど、絵はでてきた出てきた
奥さんが病気で...もうあんまり長くないって言う設定でした
Commented by saheizi-inokori at 2012-08-13 09:41
cocomeritaさん、タケシと奥さんが地方のお寺の前を歩いていると猫が一匹三門を横切ったような記憶があります。
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by saheizi-inokori | 2012-08-12 11:37 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori