寿司屋で日体大のマスゲームをみて人生を顧みる
2011年 12月 27日
L字型に無理すれば8人のカウンター、小上がり、ではない4人くらいのテーブル席はたまに子供連れ家族が坐っているくらい。
猫好き、話好きの夫婦、と言ってもしゃべるのはオカミサン、親方はニコニコ笑って聞いて、ときどき柔らかいジョークを挟んだりもする、ま、ダジャレ級。
現役の頃から見ると“四季の味”、春夏秋冬に一度くらいしか行かなくなったけれどそうなるとなおのことマイウ!
結構飲んで食ってふたりで1万円くらい、居酒屋デラックスだ。
次男の結婚式のあと長男一家をつれてきたら、寿司屋初体験のユイがうまいうまいと、親方がいい気持ちになって(夫婦揃って小さな子供が大好きなのだ)、じゃあこれも食べてご覧、といろいろ出してくれるのを食いまくる。
志賀直哉の小説に登場して小僧に寿司を奢る”小僧の神様”気分を味あうというには、ちょっとはらはらしたけれど思ったより安くてほっとした神様だった。
その寿司屋は小さなテレビが隅の角においてあって毒にも薬にもならない番組を流し続けている。
客は気が向くと適当に茶々を入れたりしてそれに親方がむふふみたいな反応をする。
サッカーなどでわざわざ居酒屋なんかに行ってみんなでテレビを見て騒ぐ人の気持ちの一端がつかめた。
晴れの舞台、見ている俺たちもはらはらどきどきする。
タテ横ナナメ、円を描いて、それも緩急をつけ、後ろ向きのままフイルム逆回しみたいなこともやり、機械仕掛けの人形、それには足らない生きた若者たちの命のホトバシリが小さな画面からも伝わってきた。
居合わせた8人思わず拍手、ひょいとみたら親方うつむいてる。
あれ!涙ぐんでるんだ、しょっぱい寿司握らないでね。
こういう夫婦ふたりで地域の人に親しまれている寿司屋さん、これも文化遺産、記念遺産だ。
これから正月にかけて寿司屋は超多忙、どうかお二人さん、身体に気をつけて、また春になったら会いましょう。
実は日体大のマスゲームをみて
俺は文科系、大学の名前に甘えてグータラ学生時代を過ごしてしまった。しょっちゅう道で行きあう日体大の学生は凄いなあと素直に感動し遅すぎる反省もしたのだ。
そして談志の「談志楽屋噺」を読んだら、大学とも関係なく、噺家に芸人になろうとし、なった連中の哀切とも悲壮ともいうべき”可笑しな噺”が満載で、たんに面白いというだけじゃない感興をおぼえた。
そのことを書こうと思ったが寿司屋談義が長すぎた。
ヘタな噺家のだらだらしたマクラを冷やかしているくせに。
で、今日はこれで。
この国ではマスゲーム、見たこと無いなぁ、
バックして行くとこなんか迫力ありましたね。
一糸乱れぬという表現は、ああいうことを言うのかもしれないですね。
日体大のマスゲームっていうの、面白そう、youtubeでチェックしてみます。