”だめ人種”って存在するのか ジョナサン・リテル「慈しみの女神たち」

図書館の返還期限との闘いで苦闘中の「慈しみの女神たち」、上下で1000頁、ぎっしり二段詰め、ナチスの組織や歴史上の人物などの詳しい訳注もあり、煩わしい部分は飛ばし読みしようかと思えども、その部分が後で重要な事柄の伏線となっているような重厚なたたずまいに慄きつつ、上巻のおしまいまで進んでやっとエンジンがかかってきた。
上下9000円、現職時代ならさっさと買っていたけれど今じゃそげな贅沢は素敵だけど出来るもんじゃない。
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ナチスがユダヤ人たちを皆殺しにしようといろんな殺し方を工夫する。
いかに効率的に、処刑する者たちの精神的・物理的負担を少なくするか。

<鰯の缶詰方式>、自分たちで掘った穴の底に服を脱がされた死刑囚(ユダヤ人がほとんど)はうつ伏せで横たわり、射撃手たちが至近距離から首筋を撃つ。
何列かの処刑のあと、将校が巡視して死んでいることを確認したら、その上を薄い土の層で覆い、次のグループが今度は脚と頭を反対にして横たわる。
それを5層か6層積み重なると穴を埋める。
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(「蝶のくる花壇」で)

ソ連に攻め入る途次、カフカスの山岳地帯に住むベルクユーデンという民族集団がユダヤ由来の人種なのか、そうではないのかが問題になる。
もしユダヤ人種だとされればそこに住む者たちは皆殺しだ。

国防軍はその民族がナチスに協力的(外見上は反ソ)だから周辺民族との友好関係を維持するためにも、彼らはイラン系だという。
民間人の国家社会主義信奉者たちが多い、SSはそのユダヤ問題最終解決という信念からも彼らが第一神殿破壊後のバビロニアからやってきたユダヤ人だという。
スターリングラードにおける戦線は日増しに悪化(ナチスにとって)しているのに国防軍とSSはこの問題でなんどか会議を行う。

人種と言う概念が政治的に決められることもある(だから↑の結論は国防軍の思惑通り先送りになる)。
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軍人でもなくSSでもない地方の学者の発言
この人々について云えるただひとつのことは、彼らがイラン系言語を話し、モーセの宗教をおこない、カフカスの風習にしたがって生活しているということ。それがすべてですよ。

あなたが云う人種が何なのか、どうか説明してください。
なぜなら、わたしにとってそれは、科学的に定義不可能な、したがって理論的価値のない概念だからです。

人間が作る集団は、言語、宗教、風習、住居、経済的習慣、あるいは彼自身のアイデンティティ感情以外で定義することなど、なんの意味もない。
しかもこうしたものはみな、獲得したものであって、生来的なものではない。
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ちょっと脱線するが、俺が方言に魅力を感じるのはそこにあるような気がする。
人々の集団を定義するような言葉、たとえそこに生まれ育たなくったって、方言を共に話すことで集団の仲間に入っていけるのではないか。
旅先で方言を話す人に接すると俺までいっときその地の豊かな文化や伝統にくるまれるような気がする。

ナチスの連中は愚かだと思う。
しかし主人公(SS所属の法学博士)を始め彼らは世界でもトップクラスの知性に恵まれていたし自分のやっていることをちゃんと意識していた。
精神的に、ついではソ連との戦線で肉体的に極限まで追い詰められても自分たちが祖国に忠実であることを疑わない(上巻の終わり、そろそろ壊れかけてきたようだが)。

あれから人間はどれだけ変わったか。
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突然のようだがTPP推進派の人たちはズルイと思う。
犠牲なき改革なんてない。
たとえばTPPにより格差拡大、農業の衰退は間違いないと思う。
推進派もそのことは分かっていてなお輸出拡大しか日本(自分)を救う道はないと信じている(ようだ)。
そんなら「貧しい人たちは自己責任で這い上がりなさい。農業も頑張って成功しない人たちが落ちこぼれるのは覚悟しなさい」とちゃんと云えよ。
え?それをいっちゃあおしまいだァ?
ナチスの話とどういう関係があるか、って?
あるような気がしないかい、友よ、俺もよく分からないけれど。
フクシマの話にも。

菅野昭正・星埜守之・篠田勝英・有田英也 訳
集英社

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Commented by mama at 2011-11-10 22:11 x
時間の都合がつかず国立演芸場に行けないので、岩波ホールで「やがて来たる者へ」を観てきました。イタリアの貧しい村で起こったナチスによる残虐な行為・・・昨年観た「カティンの森」もそうですが、人間って生き物はほんとうに恐ろしいです。
私はこの歳になって、知らないことが多すぎると痛感。項垂れてしまいます。
Commented by きとら at 2011-11-10 23:13 x
>あれから人間はどれだけ変わったか。
 
 世界はあの時代の愚行を繰り返そうとしているようです。
 大きなドラマが眼前で展開しつつあるのですが、一向に面白くないのは、人間があまりにも愚かになってしまったからでしょう。大阪では阿呆が騒いでいます。それを私のような阿呆がボケーと見ています。
Commented by poirier_AAA at 2011-11-11 03:18
フランスではもうペーパーバックになっていて、1500円もしないで買えるんですよ。この値段だったら「買い」なんでしょうが、果たして最後まで読み通せるか、それが問題です。読んでおきたい気はするんですけれどね。
Commented by saheizi-inokori at 2011-11-11 08:13
mama さん、東北被災や福島を目の当たりにしてかえって歴史上の惨劇に対する想像力が目覚めたような、他人事でないものとして感じられます。
第二次大戦もホンのちょっと前のことなのですねぇ。
Commented by saheizi-inokori at 2011-11-11 08:15
きとら さん、自民、民主、公明が維新の会を否定もせずむしろ擦り寄らんかなの姿勢、ドイツにも似たことがありました。
Commented by saheizi-inokori at 2011-11-11 08:16
poirierさん、読むべきだと思います。
買っておけるならゆっくり読めばいいのですから。
Commented by junko at 2011-11-11 08:41 x
えーーーーと
移動の前の合間にそそくさと覗いてるので
とりあえずタイトルに反応してみました

だめ人種存在します ね
と大きな声で...  ははは 苦笑
Commented by saheizi-inokori at 2011-11-11 09:00
junkoさん、たとえば俺のような?
Commented by junko at 2011-11-13 12:33 x
まったくもーーーsaheiziさん
謙遜のし過ぎはいけません
saheiziさんはむしろマ逆でしょーがー 苦笑
Commented by saheizi-inokori at 2011-11-13 13:31
junko さん、ユダヤ人だとか、貧困層・失業者だから劣等人種だというのなら私の方がよほどダメ人種です。
記事に書いたように“人種”なんてないと思っていますが。
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by saheizi-inokori | 2011-11-10 11:16 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(10)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori