天国までは行かないで 北村薫「飲めば都」
2011年 08月 11日
さすがに、か偶然か犬を連れた人が少ない。
その代わり、ってわけじゃないが、走る人が多い。
前夜「ワイン勉強会」で過ごして、翌日は夢の島のグランドで社内ソフトボール大会。
それで気が楽になって“過ごし”たのだ。
気持が昂ぶって(ソフトボールのことではなく)眠れないままに6時過ぎには家を出て誰もいないグランドで走って汗をかきアルコールを抜こうと思った。
そして試合で、一塁まで全力疾走して、バタンキュー、TPOに恵まれてバタンハチで生還したのだった。
走る人よ、心して無理をしないで。
読み終って本を↓のようなコメントをつけて会社に寄贈したら、珍しく反応が良くて北村ファンが何人か誕生した。
ショージキ言って、俺の読む本は社員にはあまり好まれなかったのだ。
そのシリーズの主人公「私」=なかなか頭が良くて性格もすてきな女子大生と落語家の円紫師匠のコンビが事件を解決するミステリだが俺はミステリとしてよりも「私」の言葉やものの考え方が楽しかった。
こんな妹がいたらいいなあ、みたいな。
「私」は出版社に就職するというところでシリーズは終わった。
本書はその「私」が「小酒井都」となって文藝出版社の若手社員として登場したかのようだ。
今度はミステリではなく都と社内の先輩や上司をめぐる仕事や恋、そして表題通り、ノンベイの都、周りのもっとノンベイなお姉さま社員たちの可笑しくも可愛らしく・ときに色っぽい失敗談・珍騒動だ。
例によって北村センセの酒、食べ物、絵、文藝、、うんちくが楽しい。
ダジャレ・言葉遊びもたっぷり。
出版社なのに、なのに、は変か、悪人はいない。
とくにお姉さま社員たち(編集長もいる)は才色兼備(古いなあ)、彼らの酒場での才気煥発な会話には是非参加してみたくなる(いざとなると勇気がないかもしれんが)。
若い女性たちの会話や心理がまるで女性作家ならではの巧みさ(と思えた)から、覆面作家としてデビューした北村薫の性別が疑われた。
大昔、源氏鶏太って作家がサラリーマン小説で人気を呼んだ。
同じように会社を舞台にした小説でも時代が変わり女性が主人公になるとこうも違う、なんて感想を抱くのは隠居だけだろう。
出版社に憧れる人はこの小説の世界を読んで一層思いを強くし出版会の実情を知っている人は、、どう思うか?俺にはわからん。
新潮社
以下は2003年3月17日、社員向けメールです。
文藝春秋3月号をおまけにつけます。芥川賞「しょっぱいドライブ」が全文載ってます。一応社会常識として読むのだが、今年もつまらない。でも、読後一ヶ月たっても小説の雰囲気(特に最後の部分)忘れないところを見ると水準以上なのかな。これよりも「日本語大切」という特集の中で嵐山光三郎が、グルメ番組に出てくるレポートおネエちゃん達の“脳のダシがラーメンスープ程度であるために”、表現力がまるでお粗末なことや、まずい料理のハヒフヘホ分類(・ハッとするまずさ・ヒーッとくるまずさ・フンニャリとしたまずさ・へーと驚くまずさ・ホッとするまずさ)について(ここらは文全体のマクラの部分だが)書いているのが愉快でした。「腕の悪い料理人が心をこめて作る料理ほどまずいものはない。」とか、夜遅く帰宅して台所の鍋に残っていたカレーの固まりを指ですくって食べてみると、これがまずいわけ。だけどホッとする。これが「ホッとするまずさ」だってさ。
(1) 夜の蝉 北村 薫 創元推理文庫
128号でご紹介した「空飛ぶ馬」に次ぐ<円紫師匠と私>シリーズの第二作。表題の作品をトリに3つの短編からなる。「私」も20歳になり、ほのかな恋ごころを感じるのが最初の作品。二つめでは「私」の友人江美ちゃんが学生結婚をしてしまう。それにしても、「私」がチャーミングであるように江美ちゃん、正ちゃんのトリオが面白く素敵だ。ボーイッシュな、それでいて色気もある正ちゃん!三人の会話がテンポ良く知的でユーモアに富んでいる。表題作は「私」の“非のうちどころのない美女”姉の失恋と姉妹の物語だ。全て本格推理小説であるが私は「私」とその仲間たちの、生活や人生に対する感受性豊かでしかも真摯な対し方の方が心惹かれる。名人の落語のような語り口に惹かれる。「私」の家庭、今はなくなってしまった日本の健やかな家庭の良さが懐かしい。狂言回しとして、とても大事な役割を果たす落語の数々についての円紫師匠や「私」の解釈が面白い。
この作品で平成3年日本推理作家協会賞を受賞したため、著者の正体が知れた。あまりにも女子大生「私」の心理描写や生活感情のデイテイルが巧みなこともあって、若い女性だと思ったが、さにあらず昭和24年生まれの男性だった。前に触れた書店に行って、注意しようと思ったら、なんとその店、書棚を並び替えして今度は男性作家の棚にあった。顔なじみのお店の人に北村薫って、男か女かと聞いたら、一人は女性といい一人は男性でしょう、と言った。後の人が今度の店内整理をしたんだ。
(2) 秋の花 北村 薫 創元推理文庫
シリーズ第三作。初めて長編、これ一本。そして初めて人が死ぬ事件だ。「私」は更に成長し、大学の最終学年を迎えている。このシリーズは「私」の心の成長を語っている。人の懐かしさ、悲しさ、別れ、嘘と真実、、事件の筋もさることながら、ひとつひとつのシーンで「私」が感じるいろんな感情が興味深い。この作品は“無慈悲”な人の運命を語る。今までのどちらかといえば、哀しさといっても成長過程につきものの感傷みたいなものとは違って、どうしようもなく悲しい、なんとも逃げ場も救いもない悲しい事件だ。しかもそこに登場する誰もが愛しさのあまり抱きしめたくなるような人ばかりなのだから辛い。このシリーズには落語だけでなく文学作品や実在のホンも登場する。それらに対する主人公たちの見解がもう一つの読みどころでもある。
128号の記事(2003年2月17日)は
空飛ぶ馬 北村 薫 創元推理文庫
「ホンの戯言」を読んだ友人から頂いたホン。推理小説が好きで落語が好きでということからキットこの作者のこのシリーズが気に入るだろうと。気に入りました。頭もいいけれど性格も素敵な現代っ子で、毎日一冊はホンを読もうとする文学部の女子大生、落語も大好きという、マア私好み、が主人公。ひょんなことから憧れの落語家と親しくなる。この落語家も大変な教養人であるばかりかスゴイ記憶力と推理力の持ち主。これまたなかなかのお人柄。この二人が遭遇する日常の、しかし非日常的なおかしな出来事。その謎解きを落語家がするという短編集。彼が演ずる落語が毎回紹介されて、それに対する彼女の鑑賞ぶりが面白い。相当な通ですね。宮部みゆきが本書を「本格推理の謎解きの興味と人間ドラマとしての“小説”の面白さが共存した珍しい例」とほめている。この作者、性別わかりますか?ある行きつけの書店では女性作家の棚においてありましたが。
北村薫は円紫さんシリーズやベッキーさんも結構読みました。「ターン」も好きだったな~。
こうして冷たい一粒ずつを口に入れて皮をほきだすとそれがないのです。
たくさん頂いて熟れてきたのでやってみたら発見した食べ方でした。
「ターン」の三部作も面白かったです。