飢えと恐怖のただなかでも人を愛せるか デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」
2011年 01月 18日
900日に及ぶ近代戦史上最長の包囲戦で補給を断たれた市内の飢餓は極限に達し、ソ連政府の発表で67万人が死んだ。
17歳のユダヤ系青年・レフは空から降ってきたドイツ兵の死体の所持品を漁っていて略奪罪とされ死の収容所に送られる。
そこでセックスの相手を探していて門限に遅れただけという”脱走兵”・コーリンとともに銃殺刑になるところを秘密警察の大佐から許されて奇妙な特命を受ける。
一週間後の娘の結婚式のケーキを作るために卵を1ダース、見つけて来い。
本の表紙を引き剝がして製本糊だけ取り出し、煮詰めて棒状にしたものを紙に巻いたもの、タンパク質が含まれるから“図書館キャンデイ”と呼ばれて2本で百ルーブルで売っている、コーリンは9日、レフは一週間、クソも出ないというのに、何処に行ったら卵があるってんだ!
でも命を助かりたいから、、二人の卵探しの冒険が始まる。
混乱と破壊の一週間。
ヘイマーケットの人食い夫婦がすりつぶした人肉でつくったリンク・ソーセージを売っていた。住んでいたアパートメント・ビルが跡形もなく崩壊した。犬が爆弾になっていた。凍りついた兵士の死体が立て看板になっていた。顔半分を失ったパルチザンが悲しい眼を殺人者に向けて、雪の上でゆらゆらしていた。リアルに描かれる戦争の悲惨。
しかし全体はユーモアに包まれる。
二人の青年たち、とくにコーリンのかなり下品なジョークの連続があってもそれが作品の品をおとしてはいない。
むしろ文学を語り、愛を語る青年たちの友情、誇り高き冒険が心に響く。
パルチザンの仲間が殺されたとき、銃の名人である女性パルチザンが言う。
マルコフ(殺された男)は重要な存在じゃなかった。レフは反対する。
わたしも重要じゃない。あんたも重要じゃない。戦争に勝つことー重要なのはそれだけだよ
マルコフは重要な存在だった。ぼくも重要だし、きみも重要だ。だからこそみんなで戦争に勝たなきゃいけないんだ。戦争の愚かしさ、その愚かしさの中で人間らしさを失わない主人公二人の”愉快な”物語だ。
井上ひさし「一週間」を思い出した。
第二次大戦の終戦後、ハバロフスクにいた日本人がソ連の収容所で働かされた物語だ。
ここにも戦争の愚かしさ、それが終戦後も引きずられて国際法上も人倫上も許されないことを行うのに対して闘う男の一週間がユーモラスに描かれていた。
常軌を逸した愚かしさ、蛮行というようなものはユーモアの衣をかぶせないと読む気になれないのかもしれない。
各紙2010年ミステリベストの常連となっている。
田口俊樹 訳
ハヤカワ・ミステリ
愛せないでしょうね。
しかし、飢えと恐怖が、愛する人に対する愛情を深める場合はあると思います。
「ターニャの日記」が有名とか聞きました。
これが背景のミステリになった本ですね。
背筋が凍るような、鳥肌の立つような酷い話がいっぱいあるものです。
でもフイクションとは思えなかった。
この小説はそういう人も登場するのです。
実際にあったのでしょうね。
生きようとする意志は人間を獣にしてしまいます。
殺し合い=戦争の真実、銃後でご馳走を食っている権力者が一番獣だと思います。
沢内村の深沢村長が岩手医科大学と喧嘩した頃と変わっていないのでしょうか。