「かってこい」とは? 大野晋ほか「東日本と西日本 列島社会の多様な歴史世界」

万葉集の「東歌」は長野・静岡以東の国から集められている。
古代から大和地方の人が「アヅマ=東」というのは言語的に三つに分かれる。
その一つは今の関東から北の地方、いわばズーズー弁の地方。
その二つ目は長野・静岡以東で「見ろ」「勉強しない」「勉強しなければ」「雨だ」「広く」「買った」という。
以西ではそれぞれ「見よ」「勉強せん」「勉強せねば」「雨じゃ、雨や」「「広う」「買うた」という。
大まかに言ってこの境が東西の方言の分岐点になる。

そして三つ目が岐阜・愛知以東でこれは東京式アクセントと京都式アクセントの境になる。
不思議なのは伊勢神宮のある伊勢国、あるときはアヅマに入れられあるときは入れられない。
大野晋による「ことば」と題した文章から。
俺の母は富山の生まれ、俺は長野育ちだからアクセントが違った。
「雨が降る」が「飴が降る」に聞こえた。
学生時代に寮でカナズチが必要になったときに倉敷から来た先輩が「寮委員会でカッテコイ」というので買いに行った。
そうしたら貸してくれたので、手柄顔をして帰ったら「借りて来い」を「カッテコイ」、「買って来い」は「コウテコイ」だといわれて大笑いしたことがある。
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(新宿「水山」、長崎ちゃんぽん、東日本文化ではないなあ)

大野は
日本民族、または日本文化の成立を考える上で非常に重要だと思われる一つの線、東日本と西日本の対立という大きな線が一本クローズアップされて来つつある。東日本と西日本との風俗、習慣、言語の相違は、漠然と、そしてまた、当然のこととして、人々に認識されている。つまりこれは一般的には、距離的な隔たりによる自然の現象と思われやすい。しかし、これは私の見るところでは決して、単なる距離的な隔たりによる現象ではない。由るところ遠く深い原因によるさまざまな現象の重なり合いの結果が、今見るような東日本・西日本の文化となっているのである。
旧石器時代から近現代史までの東西日本の対立・交渉の歴史をいくつかのテーマに分けて専門家が概説する。
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長い(前後)頭の東(アイヌ系)と短頭の西(朝鮮系)、東海・関東の野伏と西国の海賊、親方や年寄りが支配する東と年齢階梯制の西、囲炉裏の東と竃の西、フンドシの西と腰巻の東、馬の東と牛の西、柱の間の間隔を決めるのに東は柱割=柱間の間隔を先に決めるのに対して西は畳割=畳の枚数によって柱間の間隔を決める、譜代と外様、江戸っ子と上方者、瓜実顔と丸顔、白虎隊と奇兵隊、三井と住友、賢治と白秋、、、。
書く人は大野晋、小浜基次、芹沢長介、江坂照弥、小林行雄、渡辺保、杉山博、宮本常一、伊藤ていじ、久野健、村井益男、宮本又次、西山松之助、大江志乃夫、高木宏夫、町田佳声、山本太郎、小松伸六、尾崎秀樹、網野善彦(解説)
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(おまえは江戸っ子かい?)
どうやら東と西ではもともとずいぶん違う人々がそれぞれ異なった歴史を築いてきたようだ。
大和朝廷に対立する独立国が東国に存在したという学説もあるし。
東日本の後進性にのみ視点を合わせるのではなくてそこには独自な文化が成立したという見方、地域差に視点を置くことの重要性。
とくに古代から中世にかけて東と西では社会構造に大きな違いがあるという見方、それが現在にも尾を引いているのではないかという問題提起は面白い。
たとえば網野が解説で
荘園・公領の規模が大きく、郡司となった豪族が諸郷に子孫を植え付けてゆく惣領制的、主従制的関係の発達した東日本と、小規模で散在的な荘園・公領に、百姓名主、公文、下司等々が重層的な職の体系をなし、それぞれの階層が姻戚等の関係を通じて横に結びつく座的組織の目立つ西日本との間には、決して後進、先進の関係では解決のつかぬ、社会の構造上の違いがあるといって差支えないと思われる。
と書いている。
このことと関係があるのかどうか、俺はかつて労使関係の真っただ中で苦労したことがあるが、東の組合運動の進め方と西のそれとは違うものを感じた。
乱暴にいうなら東の方が教条的になりがちで西は柔軟・現実的なのだ。
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30年前に出た本の文庫化だから現代の研究成果から見ると少し古いかもしれない。
東京一極集中の現在は、東の後進性などということがかえってピンと来ないか。
学問として読むのではない俺には実に楽しい本だった。

羊泉社MC新書
Commented by c-khan7 at 2010-05-20 18:32
母の田舎は長野の諏訪なので、疲れたときは「ゴシタイ」と言っていました。
最近ゴシタイので、こんなコッテリ系のラーメン食べたいなぁ。。
Commented by junko at 2010-05-20 18:44 x
Ciao saheiziさん
へ~~~~おもしろい
私は一応江戸っ子なんだけど、
昔からなぜか西のほうが肌に合うんですよね

日本も縦に長いから、その文化の違い結構顕著ですよね

この花、すごく面白いですね
Commented by たま at 2010-05-20 19:51 x
画像は、昨年3月にシドニーを初めて訪問した折に街路に見かけた「ボトルブラッシュ」(ビン洗い?)じゃったかのう?(広島以西?)
けだし「猫が興奮したときの尻尾」と言ったら、見目麗しい日本人ガイド嬢にケラケラと笑われたっけ(東言葉?)
Commented by きとら at 2010-05-20 21:25 x
 東日本と西日本は違います。
 そのうえ、西日本は南方系稲作文化(それを担った呉越系の弥生時代人)と北方系騎馬文化(それを担った扶余系の古墳時代人)の重層・融合で成り立っているんですよ。
 「河内、山城、大和」と「斑鳩、飛鳥、平群」、どこか言葉の感じが違うでしょ。(笑)
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-20 23:57
c-khan7 さん、ゴシタイ!懐かしい!私もずっと使ってました。
倉敷の連中は「きょうてい」でしたね。
ああ、今日は呑みすぎてごしてえやおい!
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-20 23:59
junko さん、イタリアだって北と南では随分違うんでしょう。
私は宮崎や秋田の人がよっぱらって話すとほとんどわかりません。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 00:00
たまさん、うんだうんだ。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 00:04
きとら さん、蔵前、駒形、日暮里、根岸、向島、に対してドウトンボリ、ドウジマ、ドブイケ、ドバシ、、この濁りにこそ大阪があると村井は書いています。
Commented by sweetmitsuki at 2010-05-21 04:15
東の私には西の言葉は、大人言葉と子供言葉を区別してないように聞こえるんですけど、西の人には東の私が、女言葉と男言葉を区別してないように聞こえるみたいです。
網野さんの解説と関係があるんでしょうか。
Commented by gakis-room at 2010-05-21 09:16
ヤマト朝廷が全国を一元的に支配した,なんてことは虚構じゃあないかと思っています。

それはともかく,にほんばしとにっぽんばしの違いは有名ですね。

ブラシノキ。この花の咲き方が面白いと思います。近くの公園にはシロバナがあります。もう咲いているんですね。早速見に行ってきます。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 09:25
sweetmitsuki さん、さてどうなんでしょう。
現代語は男性と女性の区別が少なくなったような気がしますわ^^。
そんでもって大人が子供っぽい言葉を使っちゃうんだもん。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 09:26
gakis-room さん、このツボミ、洋菓子みたいです。
Commented by minmei316 at 2010-05-21 09:49
こんにちは

面白そうな本ですね
東日本と西日本の違い
何となくですがうすうす感じてはいましたし
それとわたしは今金沢にいますが
表日本と裏日本の違いもうすうすですが感じております・・・
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 09:54
minmei316 さん、その違いの根っこにいろんなことがあるということを教えられました。
Commented by molamola-manbow at 2010-05-21 10:43
人類が列島に渡ったの、南方からより北方ルートの方が早かったようですし、当時は西よりも東の方が住みやすい環境にもあったらしい。
日本語の最初、始まりは北からでしょうか・・・・・?
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 11:03
molamola-manbow さん、日本語の起源は諸説紛々ですね。
どの説にも決め手はないのでしょう。
Commented by せん at 2010-05-21 13:39 x
大野晋は、「日本語練習帳」を持っています。
「日本語の起源」等々のシリーズが面白くて、かつて夢中になって読んだことを懐かしく思い出しました。

こちらでは、「ください」ということを「かー」と言います。
「それ」は「ほれ」になり、「ほれかー」で、「それください」という意味になります。
他にも、「あるでないで」で、「あるじゃないですか」という意味。
こちらでは、「アルデナイデ」はお店の名前に使われたりして、県外客にウケていますよ!
Commented by kaorise at 2010-05-21 14:10
なんだかサンちゃんの写真みていると、前と雰囲気がちょっと変わりましたね。
saheiさんを大好きなのが伝わってきます。
もちろん前から大好きだと思うのです、でも今は大好きを意識しはじめた幸せが伝わってくるというか、、
大人になったのかなあ?
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 14:27
せん さん、「日本語練習帳」も面白かったです。
アルデナイデ、傑作ですね。
孫のはあちゃんがお兄ちゃんにお菓子を取られそうになると「タイちゃんのはあるでしょ!」と叫びます。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-21 14:28
kaorise さん、そうかなあ。依然として写真を撮るのが難しいです。
Commented by convenientF at 2010-05-22 06:50
転居準備手続きに追いまくられている間に大事件が起こっていたんですね。

一番面白いと思ったのはgakis-roomさんの

>ヤマト朝廷が全国を一元的に支配した,なんてことは虚構じゃあないかと思っています。

まだ日本列島全土を支配している権力は存在しないじゃないっすか。

東の恫喝献金から西の袖の下集金。

まして言語に至っては....
身近な話、TVのニュースカスターの、アクセントどころじゃなくて「生き生きする」と「行き来する」から「やむを得ない」「やむを負えない?」まで、管理職やお局様アナウンサーの人事異動に従ってフラフラフラフラ。
Commented by tona at 2010-05-22 08:56 x
面白そうな本ですね。
言葉だけでなく、習慣、考え方などなど相違がいろいろありそうです。
ブラシの木ですが、家のはまだですが、この写真では咲いていく様子がわかります。興味深い貴重な1枚です。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-22 10:45
convenientF さん、ったくです。東と西のほかに宇宙の日本てのがあるのでしょうかね。
宇宙にもいろいろあってアングラ宇宙とか^^。
Commented by saheizi-inokori at 2010-05-22 10:46
tona さん、今観てきたらもうほとんど開いていました。白のブラシは又ちょっと違うのですね。
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by saheizi-inokori | 2010-05-20 12:18 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(24)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


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