熱演・圓太郎「火焔太鼓」 上野鈴本上席昼の部
2010年 03月 27日
でも鈴本は満員、春風駘蕩、いい気持ちの昼席だった。
トリは橘家圓太郎。
満員の会場でトリをやれる喜び、子供のころからの夢がかなった、この私は人生の勝利者です。
今日こんなところに来ているお客様は負け組!ってそれは言いすぎじゃないか^^。
そうは言っても人生の落とし穴は、どうしてこんな女と結婚してしまったか、ってこと。
殆どの男は「黙れ!」と言いたいのを我慢して我慢して生きている。
我慢して無言でいるのにカミサンはこちらのハラの内を見透かす。
今、クソババアって言ったでしょ!早口言葉のように繰り返して責め続ける。
言ってない?
じゃあ、心の中でクソババアって思ってるでしょ!
口に出してクソババアって言ったか心の中でクソババアって思ってるか、どっちですか?私に悪いところがあれば治しますからおっしゃってください!
ねえ、口に出して言ったのか心の中で言ったのか!
そこらじゅうがクソババアだらけになっちゃた。
そのまま「火焔太鼓」に入る。
志ん生、志ん朝親子の十八番。
古道具屋のカミサンが猛烈だ。
枕のクソババア連射以上のスピードで人のいい亭主を責め続ける。
クソババアはリハーサルだったのかも。
大名屋敷に太鼓を持って行こうとする亭主を脅す。
大きな松の木に後ろ手で縛り付けられて、ほっとかれて、いろんな虫がうじゃうじゃはいずりこんで来ても逃げられない、烏が目の玉えぐりに来る、、想像力・表現力に富んだカミサンだ。
このあたりは志ん生→志ん朝→圓太郎とだんだん過激にマンガテイックになっていく。
亭主が大名屋敷に行く道すがら志ん生親子のやり方はカミサンの悪口を言って(カミサンの前じゃないから)、気にいンなきゃァ出てけ!世間に女はいくらでもいるんだ、ぐずぐずしてるってェと向こう脛かっぱらうぞ!なんて威勢よく屋敷に到着する。
圓太郎は違う。
カミサンは本当は今でも心ン中じゃ俺に惚れてるって、今度訊いてみよう、惚れてるんだろ?ほんとのことォ言えよ、え、惚れてんだろう?枕でやったクソババア問答が攻守ところを替えて、愛の再確認となるのが趣向だ。
いよいよめでたく300両で売れることになったとき、金を受け取るとき、感極まって原宿の女の子みたいに過呼吸になっちゃうところなどは今までみた誰よりもたっぷりと演じて大笑い。
家に帰って、今度はカミサンが300両で大興奮するのもお約束。
ただ、あの志ん生親子のびっくりして座りションベンして馬鹿ンなったら承知しねえぞ!という、いかにもこの噺の世界にぴったりのセリフが消えてしまったのはさびしい。
客席にいた子どもたちの教育上もやって欲しかった(豊かな日本語のために)。
終始テンポよく早口言葉の連続と身もだえする仕草に爆笑する火焔太鼓だった。
他に、前座・一力「たらちね」
一之輔「真田小僧」
三増紋之助・曲独楽
掌に乗せた一枚の板の上の5つの独楽をひとつだけを回し続ける(掌で板を動かしながら)という曲芸、久しぶりにみたが、例によって失敗して見せて(?)それが愛嬌で笑いをとる。
浅い出番で登場してきたときはややノリが悪いように感じたが途中から調子を取り戻した。
玉の輔「紙入れ」
一朝「牛ほめ」
ホームラン
文楽「六尺棒」
正蔵「味噌豆」
小菊・酔曲
さん喬「そば清」
蛇含草の効用は何でも溶かすってことではない、そこが大事なところ、というのを梅干しが金属を溶かしても飯粒は溶かさない、というような例をあげて丁寧に説明してから後半の50杯への挑戦に入った。
腹の中の蕎麦を溶かすつもりで蛇含草を飲んだら、蕎麦は溶けずに飲んだそば清が溶けてしまったから「蕎麦が羽織を着ている」というサゲになる。
そこが分かりにくいかと、客の中に寄席初心者、子供などがいるのを見ての対応だったか。
猫八・ものまね
文左衛門「道灌」
扇遊「狸さい」
和楽社中・太神楽曲芸
やっぱり寄席はいいなあ。
身軽なご隠居が羨ましい。
さっき食道炎の薬をもらってきました。アルコールは駄目よ、と言われながら。分かっちゃいるけど、、。
寄席には行ったことが無いのに、私はなんで落語のあらすじを、たくさん知っているのでしょうか?
昔から、ストーリーを覚えようとする癖が有ったのかな・・・
火炎太鼓も知っていました。
吉村昭の「天狗争乱」祖父が天狗党に居たので、一生懸命読みました。史実を掘り下げて書く方ときいていたのでとにかく熱心に読んだものです。もっといろいろ読みたいです。
そちらは大丈夫でしたでしょうか。
でもヨ~ク考えると可笑しいところもあるね。
骨董屋のカミサンが汚れた古い太鼓を見てくれで安物と決めつけるなんてありえないようにも思います。
もっとも志ん生は太鼓は売りにくいことを言って亭主を叱り飛ばしているのですが。
圓太郎になると古くて汚れていることを無価値のように言う、分かりやすくしているのかなあ。
この辺には半鐘自体があるのかなあ。
仏像は時々聴きますが。
仏像を売る噺では「井戸の茶碗」がありますね。あれが自主規制になっては大変だ^^。