これ以上観光向けにして欲しくないなあ 大原・裸祭り
2009年 09月 24日
毎年9月23日、いすみ市の18の神社から神輿が担ぎだされ、まず鹿島神社で法楽を行う。
老若男女が地区により色分けされた鉢巻きと腰帯をして集まるのだ。
この祭りではすべての“あいさつ”は神輿で行う。
寄付や酒、お菓子(ふつうは一軒5万円相当ときく)をする旨を表明した家にあいさつをしながら掛け声をかけて神輿は魚市場に設けられた祈願式会場に向かう。
大人が15人は楽につかまれる。
普通は担ぐのではなく下げていく。
肩に担ぐのは二つの神輿がすれ違う時にする「踊り」の時とか、特別な場合なのだ。
一日30キロ以上も歩くし要所要所で走ったりモミあげたりするから大変だ。
ちょっと前まで自分も役員などで頑張っていたYさんに言わせれば「最近はおとなしい」そうだが。
役員になるのは若頭になるまでに5年、祭典係5年、そして祭典長というような階梯を踏んでなる。
祭りの最後、25日に来年の役員を決めて旧だけ、新だけ、新旧と飲み会をやるのも祭典長の才覚、その後一年間毎月のように集まって打ち合わせをする。
全体としての約束ごとも決めてそれを破って他地区に迷惑をかけると祭典長が神輿とともに謝りにいくのだ。
落語の「百川」で若い衆が祭りの詫び言で頭を悩ましているのを思い出す。
祈願式場(漁港)に近付くと気勢を上げて、建物の周りを何回も猛然と走り回る。
それぞれの神輿の行動を指揮するのが祭典長で、たくさんの神輿がぶつからないように怪我人が出ないように細心の注意を払うのだが勢いがついた神輿を機敏に制し誘導するのはなかなか難しい。
中には扇動する人もいるし、神輿を会場に18台きれいに揃えて並べるのは見た目以上に大変らしい。
首がかろうじて浮かんでいるところまで神輿を投げ上げたり揉みあげたりしながら入っていく。
雨でも風でもやるそうだが昨日は最高の日和だった。
ただ潮がやや浅いとYさん。
途中、屋台が並んだ商店街を練り歩く。
運動会の騎馬戦みたいだ。
暴れるだけ暴れた神輿の列を正面に向けて鎮めるのが又一苦労、鎮めようとする役員ともっと続けたい担ぎ手の駆け引きが面白い。
古くからのお祭りを堪能してYさんの家に泊まる。
20年も前にお付き合いした“現場人”、当時俺は現場の真実をYさんたちからどれほど教えてもらったことか。
仕事の休みには猟もやる。
夜は駆けつけてきたかッちゃんに勝浦で漁師をしている甥っこもやがては奥さまも入って、釣りや猟の話に花が咲いた。
俺は釣りとか猟とかはできないのだが話は面白い。
つまみは「イノシシの燻製」「イセエビのボイル」「とこぶし」「カワハギの刺身」「里芋とレンコンなどの煮もの」「お姉さん手作りの握りずし(イセエビのうまいこと)」、、。
二日目はYさんの猟友が犬20頭を連れて熊やイノシシを仕留めた時のDVDを見せてもらった。
大迫力。
祭りは本当は二日目、とくに夕方の大別れが素晴らしいそうだが、東京でこれまた懐かしの集まりがあるので失礼した。
子供たちも、逞しいですね。よき時代の日本の子供って感じがします。次の世代へと受け継がれていくのですね。
浜によってはイセエビが簡単に捕れるんですよね。海水を湧かしておいてポン!
カワハギも旨かったでしょう。大阪の居酒屋で出る「テッサ」の大部分は、実は「関東から来たカワハギ」ですよね、ご隠居。
サンチにはイノシシを食わせてやりたい。
大原はアワビとイセエビで有名ですね。
たくさんの写真でなんだか自分も行ってみたような気分になりました。
どうもありがとう
こういうその土地ならでは!て云うの大好きです。
盛り上がりすぎて観光色が強くならないように、いつまでも引き継いでいってほしいなあと思います。
saheiziさん、友達多いのね。
こういうお祭りがあったら、お父ちゃんに惚れなおすことでしょう。
なぬ〜「いせえびのボイル」!?
saheiさんたらどこへ行ってもグルメ大臣なんだから〜
キィーー!ぜいたくものめ〜
茅ヶ崎では夏に「浜降り祭」があって、神輿が早朝に海に入って行きます。大原のも似ていますね。
でも30キロも歩くとか、1日がかりのようで体力を要求されるお祭りですね。裏方さんや役員さんの苦労、お金の負担などいろいろ驚いてしまうお祭りです。
ホントにちょっと入りたくなる熱気でした。
東京とか他の土地に行っている人もお祭りにはかえってくるようです。
バサラはエビを食う!
いやはや!そして三日目の反省会が又激しいそうです。
担ぎやさんも多く来ますのでトラブルの無いよう気をつけます。
半纏合わせと言うものを祭りの一週間前にし各神輿会の長に集ってもらい半纏の確認をします。その後親睦を計ります。
之が祭り前の一番の催しでトラブルを起こさない顔合わせになります。
警察に頼みに行くのも大切な事です。
祭りの当日は各町会の御神酒所に挨拶の交換をするのも慣例です。
百川みたく陰陽五行から来る四神旗又は四神剣をかざしと言いながら東西南北の四神(青、白、赤、黒)と中央をあらわす黄の旗を立てみこしの前を歩きます。
「屋久イヌ」または「屋久島イヌ」はJKC(Japan Kennel Club)が認めている正式の日本犬です。
先ずJKCの定義から
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屋久島犬とは、南西諸島の島内、特に屋久島内で交配を続けてできた地犬。屋久犬ともいう。
島という土地柄、大昔より島外の犬種との混血が進まず、島内の犬のみで近親な交配が行われてできた犬である。起源が不明のため血統書は存在していない。また、第二次世界大戦以降狩猟目的で日本国の内地に持ち込まれ、他犬種との混血が進んだため、現在では純血種は存在しないとされている。広義では、純粋な屋久島犬に、狩猟のための改良目的で他犬種を掛け合わせたものを屋久島犬と呼ぶこともある。狩猟者の間では比較的純血種に近い屋久島犬が流通しているようであるが、一般人の間では、屋久島犬の曖昧な定義を利用したペットショップが、単なる猟犬の雑種を屋久島犬と称して販売し、流通していることが多い。
神経質でヒト慣れが悪い。主人以外のヒトにはなつきにくい。しかし近年狩猟用に他犬種との交配が進められたため、以前よりは扱いやすい犬になっているという。もともと島内で鹿を捕獲していたようで、鹿やイノシシ猟などの大物猟に向いている。純粋な屋久島犬の体格は小-中型であるが、改良されたものはそれよりやや大きい。体色はほぼ単色、あるいは胸部に一部白を伴った赤茶色で、耳はピンと立ち、尾は差し尾である。
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私も、実際に飼育されている姿の写真は初めてでした。
しかし通信事情が今では想像できないくらい貧しく、頻繁に都心に出向く時間を考えて諦めました。
今ではもうメンドクサイ!
飼い主の話によると甲斐犬などよりは性質は穏やかだというのですが、私の姿には猛然と吠えまくりました。
立ち姿は颯爽としているのですが、下を向いて餌を探すような仕草にはオオカミとかハイエナを感じました。
人を噛むことは訓練で矯正したといいます。
わざと自分の腕を噛ませて懲らしめて教えるのだそうです。
外房はいいです。
私も大原に住もうと考えたことがありますが、仕事の関係で出来なくて現在に至るともうそれだけのエネルギーはないです。
田舎に住むのはエネルギーが必要だと思います。
アクテイブでなければつまらないのが田舎だと。