夏休みおススメの短編集 カズオ・イシグロ「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」

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才能があるけれど日の目をみないサックス奏者、かたや才能もなく下手なのに立ち回りがうまくてスターダムに昇り詰める男。
有名歌手の妻である(または離婚して別の男に乗り換える)ことで“セレブ”である美女。
不幸なのは誰か?

女は才能のある男の売れていない、自信作を聴いて不機嫌になる。
男は女に理解されなかったかとがっかりする。
そうではないのだ。
女は作品が素晴らしいものだとわかったから不機嫌だった。
自分がとうてい追いつけない才能を見せられて不愉快、嫉妬かもしれない。
死ぬほどがんばっていまの地位にいる人だって、なかにはいるかもしれないでしょう?だったら少しは認めてやらなきゃ。あなたみたいな人の嫌なところはね、たまたま神様から特別な才能を授かったというだけで、何でもかんでも自分がもらわないときがすまないことよ。その辺の連中より自分は偉い、いつでも先頭に立って当たり前ーそう思ってるところ。あなたほど才能がなくて、ただがんばりだけで上を目指す人だってたくさんいるのに、それがわからない。
才能がありながら恵まれない男が返す。
ほう。おれはがんばってないとでも?ボケっと座ってるだけとでも?価値あるもの、美しいものを生み出そうとして汗みどろになって七転八倒してないとでも、、、?おれだってやってますよ。けど、賞賛されるのはジェイク・マーベル(注・スター)であり、あなたみたいな人なんだ。
世の中の至るとこにある“食い違い”だ。
四つ目の短編「夜想曲」から。

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この有名歌手の妻が最初の短編にも登場する。
ミネソタの小さな町の娘がスターと結婚することを“計画”する。
始めは二流歌手と結婚して、次に離婚して有名歌手と結婚する(すべて計画の内)。
そして計画とは相違してお互いに愛し合ってしまう。
しかも愛あるがためにお互いに別れるのだ。
老いた有名歌手は新しい若い“恋人”を連れていることがもうひと花咲かせるために必要であり、妻はまだ色香が残っているうちにもうひと踏ん張りするというわけ。
上に書いた彼女のセリフが渋みと重みをもってくるでしょう。
そう喋ったのが整形手術後の養生をしている豪華ホテルのスイーツだからなおのこと。

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(映画「スパニッシュ・アパートメント」のサウンドトラック。久しぶりに聴きながら小説を読んだら妙にしっくりきた。映画の内容もほとんど忘れてしまったが全体の“空気”が合うような気がする。こっちは若者たちの物語、あ、そうか小説も夕暮れ=中年以降を書きながら実は青春回顧なのかもしれない)

五つの短編は全体として味わって欲しいというのが初めて短編集を出した作者の意向らしい。
ベネチア、ロンドン、モールバン、ハリウッド、アドリア海岸のイタリア都市と場所が変わり登場人物もエピソードも変わるのが組曲のようだ。
通奏低音は音楽を愛する人々、男と女の出会いと別れ(とくに“食い違い”にもとずく別れ)、才能と失われた人生(そうだ、若い頃の思い出、甘いけれどいまは苦味を伴っての)。

落語に「猫の災難」というのがある。
あるじの留守中にやった“悪事”を隣の猫のせいにするという噺。
この噺を彷彿させる二番目の「降っても晴れても」、それに「夜想曲」などドタバタ喜劇のようでもある。

土屋政雄 訳
早川書房
カズオ・イシグロのほかの本
「わたしたちが孤児だったころ」「わたしを離さないで」
Tracked from el pajaro at 2009-08-04 14:40
タイトル : アタシたちアフリカ系ーⅤーサラ・ボーン
この「アタシたちアフリカ系」シリーズのトリは、当然、サラ・ボーン(1924~1990)です。技巧的過ぎるという一部の人たちの拒否反応は十分承知しています。だから敢えて主張します。ジャンルを問わず、簡潔で訴求力のある演奏は技巧を追究し尽くして初めて実現されると、私は信じています。サラ・ボーンが簡潔で訴求力のある歌唱を完成し得たかどうかには、私も多少の疑問を抱いてはいます。 しかし、どのような演奏が「簡潔で訴求力のある」ものか判定するのは聴衆です。聴き手です。そして私はダイアン・リーブズ等の後継者に期待...... more
Commented by kaorise at 2009-08-03 23:36
思うに頑張れる、努力できることこそ、すごい才能です。
初めからできる人や経済的に恵まれてれる人って、それ以外の努力、人間関係を築くとか営業するとかしない。
自分の世界を守るのが先で人の話を聴く努力をしない。
しなくていいといった方が早いかな、、
一番難しいのは作品を作る事ではなく、人間関係だと思います。
本当にプロならば、這いずり回って血へどはいて作った作品を、驕ることなく頭さげて色んな人に営業してまわらないとね〜
人って、その態度に共感してつい応援するものだと思いますしね。
人間、才能よりも愛嬌ですよ。
Commented by saheizi-inokori at 2009-08-04 06:44
kaoriseさん、たしかにできる人は自分の才能を恃みにして頭を下げるのを嫌いますね。
神様はそうやってバランスを取っているのかもしれません。
ただリーダーだけは才能のない人にはなって欲しくないです。
補佐役なら人間関係でやっていけますが。
Commented by convenientF at 2009-08-04 10:49
「スパニッシュ・アパートメント」は大好きな映画、というと周囲はビックリする。
なんでやろ?

古希を過ぎてからは二次会のカラオケを逃げなくなったけど歌うのはマドロス物と股旅物。しかしクラシックタイプの発声しかできない。連れは「無理に空気に合わせるな」と非難する。本人は好きで歌ってるんだけど。

世間は、人相風体から“好み”を決め込んでしまうのかな。
Commented by 旭のキューです。 at 2009-08-04 20:55 x
自分の才能ってどの程度かな~考える時があります。20代の頃は、目標ができるとがむしゃらに努力したと思いますが、最近ではうまくいかないと「センス」かな~って納得しちゃいます。加齢には逆らえません。
Commented by nao at 2009-08-04 21:23 x
才能があるがゆえに、人には解らない事が解ってしまったり、
不器用にしか生きられない天才がいますよね。
私はそういう人が好きです。
例えば田中一村とか。
有名になるってどういう事?と最近良く思います。
読んでみたいです!
Commented by saheizi-inokori at 2009-08-04 21:40
convenientFさんもご覧になったのですか?
バルセロナは4日ほどしか滞在したことがないけれどなつかしいのです。
グエル公園がいいですね。
私も歌謡曲を唱歌のように歌います^^。
Commented by saheizi-inokori at 2009-08-04 21:41
旭のキューです。さん、白川さんは加齢をものともせず偉業を成し遂げたのですね。
やはり能力と意思の強さだとおもいます。それも能力のうちかもしれませんが。
Commented by saheizi-inokori at 2009-08-04 21:47
nao さん、能力がありながら謙虚と言うかほかの人も同じような力があると思っている人は結果として冷たい人間だと思われることが多いですね。
自分に簡単にできるんだから他の人はもっと簡単にできると思ってしまう。
それが人間不信につながるということもあるのではないでしょうか。
この小説はエンタテインメントととして楽しく読めばいいと思います。
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by saheizi-inokori | 2009-08-03 21:56 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback(1) | Comments(8)

ホン、よしなしごと、食べ物、散歩・・


by saheizi-inokori