その火付け盗賊改め方の長谷川平蔵が 寄席を盛りたてる 紫文の楽しいマンネリ
2009年 04月 13日
聴かせる三味線を挟んで漫談をやるのだが、こんな風だ。
その火付け盗賊改め方の長谷川平蔵が、いつものように両国橋のたもとを歩いておりますと、一日の商いが終わったであろう一人の棉屋が足早に平蔵の脇を通り抜ける(江戸の夕方を感じさせる三味線と太鼓)。拍手に答えて、もうひとつ、
向いから水商売らしき一人の女、 この二人が橋の上ですれ違う、というそのとき、棉屋の身体が前のめりに崩れ落ちる(凶事の予感、劇的な三味線と太鼓)。
「もし、棉屋さん、怪我はなくて?」
「へぇ、お陰さまで、あっしはでぇじょうぶなんすがね、背中の荷物が、、落ちる、落ちるゥ~」
コットン。
その火付け盗賊改めかたの長谷川平蔵が、いつものように両国橋のたもとを歩いておりますと、一日の稽古が終わったであろう一人の相撲取りが足取りも重く平蔵の脇を通り抜ける(このときは国技館の太鼓を思わせる叩き方)。棉屋が魚屋になると「商売もんの鯉が暴れてる」けど、それは「コイの空騒ぎ」で、それじゃあ鯉じゃなくて秋刀魚だろう。
向いから水商売らしき一人の女、 この二人が橋の上ですれ違う、というそのとき、相撲取りの身体が前のめりに崩れ落ちる。
「もし、お相撲さん、怪我はなくて?
二人の相撲取りが飲み比べていたけれど、どっちが勝ったの?」
「へぇ、それは知らないけれど、弱い方はハクホウ」
マンネリといっても良いのだが時どきネタを少しづつ変える。
三味線で弾く曲も変えているようだ。
書いてみるとどうということのないジョークだが抑揚をつけた語り口に三味線や楽屋のお囃子の効果もあって楽しい。
ちなみに長谷川平蔵だから一部始終を見ているのであって水戸黄門だと「助さん、助けてやりなさい」となって駄目なんだそうだ。
大岡越前バージョンもやってみせたが、そうだね、やはり長谷川平蔵がいいようだ。
都々逸なんかもやってみせる。
強ければ仁義はいらぬ モンゴル人はジンギスカンなんて。
寄席の楽しみはこういう色物(落語以外の漫才、曲芸、俗曲、手品など)がところどころに登場して先刻ご案内のマンネリを披露してくれることにもある。
マンネリと言ってもいつもまったく同じではない。
その日の演者の気分や体調によって、いや、それよりも客席の空気を読んで、ネタや前振りを微妙に変えたり、テンポや強弱に変化をつける(ついてしまう?)。
寄席の主役は落語。
トリの噺までにどうやって空気を作り上げていくかが寄席の毎日。
だからあまり突出して寄席の空気を浚ってしまはないように、さればとて今ひとつ沈滞してるときにはワッと笑わせて次の噺家がやりやすいようにもしなければならない。
最悪はせっかく盛り上がりつつある空気をぺしゃんこにしてしまうこと。
維持しつつ突出もせず、まして壊さず、客がグルグルッと肩を回したような気分にして次の噺家にバトンタッチする。
15人前後の芸人たちが入れ替わりたちかわりしてトリまでお客を飽きさせずにつないでいく。
色物の役割は大きい。
ホールでの独演会でも一人や二人色物を挿むやり方も多い。
キリリッとしたお侍さんでした?勘違いかも。
平蔵は池波正太郎の『鬼平犯科帳』で有名ですが、実在の人物だったようです。
基本ラインは同じですが確かにオチは少し時代性(というと大袈裟かな)を取り入れ進化しているようですね。
花は常盤ハゼ、何時までも咲いているからその名がツイいたと言います。
チームワークといえば言えるかなあ。そういう空気の日は楽しいですよ。
でも馴れみたいなものもあるんじゃないでしょうか。聴きなれていると反応が速くなる?頭が落語頭になるのかも。
ホントになんと言ったらいいのか。
convenientFさんも最近長年の相棒を亡くされて奥様がペットロス症になられたという記事を読んだところです。
時を薬にと祈るばかりです。
渋い中村吉右衛門扮する鬼平犯科帳を時々観ています。漫談に出てくるのですね。
色物では紙切りが好きです。いつの日か注文したいです。
目もとの涼しい俳優、今もテレビでやってます。
GWの鈴本が楽しそうです。権太楼噺、どれもききにいきたいところです。
昨日は新富区民会館で喜多八の独演会があるので電話してみたらガラガラだというのです。
よーし!と思ったのですが武蔵境からの帰り吉祥寺のホームを目の前にして気が変って帰宅してしまいました。少し疲れ気味だったので。権太楼もどこかで長講をやっていたのですが。
来週はまたいくつか行けそうです。