2012年 02月 02日
一昨日は病院から家に戻ってサンチを散歩させペニンシュラホテルでインタビューを受け、銀座博品館が「最終目的地」だった。
そいえばピーター・キャメロン「最終目的地」は面白かったなあ。
俺の最終目的地なんてマインチ変わるんだ、変わり映えはせんけど。

350円也の雀のごはんくらいなお茶漬けを食べてしのぐ。
腹はすいてないが空けとくと公演の途中で携帯ならぬ腹が鳴ることがある。
こればっかりはとめようとしても止まるもんじゃない、電源を切ることもマナーモードにすることも出来ん、唯一何かを腹に入れとくことが予防策だ。
去年11月に二つ目になったばかりというはな平がイッチョ前以上に生意気なマクラというか漫談を長々とやって「あわびのし」もたっぷりやる。
滑舌は悪くなく喜多八ファンのなかの一部には受けていたが俺は不愉快であったぞ。
甚兵衛さんと与太郎の区別もわかっていないようだ。
学生天狗連なら通じるだろうがプロとするにはどこか基本がまちがっているようだ。
だいたいキャノンの御手洗とかいう男が再登板って、ありゃなんだい。
経団連の会長までやった男が経営者のもっとも大事な任務のひとつである後継者の育成をしてなかったという、前から胡散臭い野郎だと思っていた男の化けの皮がペロリとはがれた。
ペロリとはがれたら一刻も早く引退すべきなのに社長になるんだから呆れてものが言えない。
オリンパス、大王製紙は氷山の一角、政界も財界も人材を育成していない、イエスマンばかりで周りを固めてきたからこういうことになる。
いや、落語界はその点ちゃんと優秀な真打が誕生するようで見上げたもんだよ風呂屋の煙突だと思ってたら例外もあるって話。
ダメ側近たちやダメ弟子の共通点はヘロリとした顔立ちとどうでもいいような世間話にそつがないことだ。
昨日の記事↓に書いた渡辺京二の言うところの「おしゃべりが過ぎて悪相」になったやつバラだ。
閑話休題、前座に続いて喜多八、やや速足であがってくる。
ちょっとやつれたように見える。
108で死んだ祖母のことや泉重千代さんのついた”ウソ”のことを話し、「弥次郎」に。
大ほら吹きの噺、北海道があまり寒くて鴨が池にいたら水を撒くと凍りついて飛び立てなくなる。
そこを鎌で刈り取る、残った足から春には「鴨芽=かもめ」が生えてくる。
イノシシにまたがって金の玉を握りつぶして殺した。
腹を裂いたら44=16(喜多八は死後20)匹の子ジシが現れて「オノレ父上の仇」とかかってきた。
山のなかで草鞋が一足二足、山賊にあった。
石川五右衛門がいたので、女言葉で話しかけた、やつはカマが嫌いだろうと。
くりくり坊主の賊たちの髪の毛ひっつかんで投げ飛ばしてやった。
・・出てくる出てくる、なんべん聴いてもおかしな噺、それはもとより語りの面白さなのだ。
落語家の”おしゃべり”はやればやるほど聴く俺たちの顔をいい顔にしてくれ、、ているんじゃないか。
休憩なしで年のせいか昔を思うことが多くなったといって都立秋川高校一期生として全寮生活をしたころの思い出。
明星チャルメララーメン、平凡パンチ、、懐かしい話題だ。
「味噌蔵」
ケチな旦那が一晩留守にするってんで番頭以下が千載一遇、今日こそご馳走を食いまくろう。
白いご飯におかかをどっさりかけて食いたい、、そんなんじゃなくてほんとのご馳走を、勘定は番頭さんがドガチャカドガチャカやってすましてくれるから。
刺身に、鯛の塩焼きに、煮物に、鰻に、、長吉はおからしか買ったことがないから「カラや」というんだと信じ込んでいた豆腐屋に木の芽田楽も頼んで、、
ハメモノの三味線が入って、やあ、番頭さん以下本当に楽しそうな酒盛りだ。
俺も入れろいやいと言いたくなるような。
おかしいだけでなく一生に一度のご馳走を食って嬉しくて嬉しくてしょうがない彼らに感情移入して俺も嬉しくてしょうがない。
それだけに旦那の気が変わってその日のうちに帰ってきてドガチャカのこともバレテしまったのが可哀そうでならない。
落語の続きで彼らはどうなるんだろう。
あまりひどい目に合わせないでくれって喜多八に頼んでみようか。
膝かわりは世津子「手品」
いつもながら明るくて結構でござる。

喜多八「5人廻し」
演じる喜多八だって実体験はなかろう吉原の廻し。
「ああ、来るんじゃなかった」二言目には後悔のボヤキが出る職人、しょい投げ食った連中が書き残して行った落書きを眺めて「こいつと一杯(いっぺえ)やりたいなあ」、顔を見たこともない同志と共闘会議でも立ち上げようってかい。
ペタンパタン、足音がする、やっと花魁がきたようだ。
ずっと待ち続けてたというのがわかるのも物欲しそうでいけねえ(物欲しさが着物着てるくせに)、かといって寝てるとそのまんま行っちゃうと困る、ってんで目ェ開けて鼾かいてみたが、入ってきたのは若い衆。
ラチのあかない掛け合いのあいだに伝法な江戸弁で「吉原の由来」を語るのが聴かせどころ。
ついで若い衆を呼び止めるのは元は侍とも思えるうだつのあがらない官員。
前に進め!号令かけられて、年を訊かれて「42です」、
「同衾」という言葉だけで興奮したわが青春時代!
こんどは
姫などはもう飽きたと言いながらも
杢兵衛旦那は落語国独特の田舎なまりで「おらはエドツコ(江戸っ子じゃない)」といいまくる。
最後に関取が現れ「勝負しよう」とおだやかじゃない。
4人4様、迫り方言い回しは違うが(そこんとこが喜多八の腕の見せ所)いずれも花魁喜瀬川が来ないのにじれて玉代を返せが本音。
男はつらいね。
そいえばピーター・キャメロン「最終目的地」は面白かったなあ。
俺の最終目的地なんてマインチ変わるんだ、変わり映えはせんけど。

腹はすいてないが空けとくと公演の途中で携帯ならぬ腹が鳴ることがある。
こればっかりはとめようとしても止まるもんじゃない、電源を切ることもマナーモードにすることも出来ん、唯一何かを腹に入れとくことが予防策だ。
去年11月に二つ目になったばかりというはな平がイッチョ前以上に生意気なマクラというか漫談を長々とやって「あわびのし」もたっぷりやる。
滑舌は悪くなく喜多八ファンのなかの一部には受けていたが俺は不愉快であったぞ。
甚兵衛さんと与太郎の区別もわかっていないようだ。
学生天狗連なら通じるだろうがプロとするにはどこか基本がまちがっているようだ。
だいたいキャノンの御手洗とかいう男が再登板って、ありゃなんだい。
経団連の会長までやった男が経営者のもっとも大事な任務のひとつである後継者の育成をしてなかったという、前から胡散臭い野郎だと思っていた男の化けの皮がペロリとはがれた。
ペロリとはがれたら一刻も早く引退すべきなのに社長になるんだから呆れてものが言えない。
オリンパス、大王製紙は氷山の一角、政界も財界も人材を育成していない、イエスマンばかりで周りを固めてきたからこういうことになる。
いや、落語界はその点ちゃんと優秀な真打が誕生するようで見上げたもんだよ風呂屋の煙突だと思ってたら例外もあるって話。
ダメ側近たちやダメ弟子の共通点はヘロリとした顔立ちとどうでもいいような世間話にそつがないことだ。
昨日の記事↓に書いた渡辺京二の言うところの「おしゃべりが過ぎて悪相」になったやつバラだ。
閑話休題、前座に続いて喜多八、やや速足であがってくる。
ちょっとやつれたように見える。
108で死んだ祖母のことや泉重千代さんのついた”ウソ”のことを話し、「弥次郎」に。
大ほら吹きの噺、北海道があまり寒くて鴨が池にいたら水を撒くと凍りついて飛び立てなくなる。
そこを鎌で刈り取る、残った足から春には「鴨芽=かもめ」が生えてくる。
イノシシにまたがって金の玉を握りつぶして殺した。
腹を裂いたら44=16(喜多八は死後20)匹の子ジシが現れて「オノレ父上の仇」とかかってきた。
山のなかで草鞋が一足二足、山賊にあった。
石川五右衛門がいたので、女言葉で話しかけた、やつはカマが嫌いだろうと。
くりくり坊主の賊たちの髪の毛ひっつかんで投げ飛ばしてやった。
・・出てくる出てくる、なんべん聴いてもおかしな噺、それはもとより語りの面白さなのだ。
落語家の”おしゃべり”はやればやるほど聴く俺たちの顔をいい顔にしてくれ、、ているんじゃないか。
休憩なしで年のせいか昔を思うことが多くなったといって都立秋川高校一期生として全寮生活をしたころの思い出。
明星チャルメララーメン、平凡パンチ、、懐かしい話題だ。
「味噌蔵」
ケチな旦那が一晩留守にするってんで番頭以下が千載一遇、今日こそご馳走を食いまくろう。
白いご飯におかかをどっさりかけて食いたい、、そんなんじゃなくてほんとのご馳走を、勘定は番頭さんがドガチャカドガチャカやってすましてくれるから。
刺身に、鯛の塩焼きに、煮物に、鰻に、、長吉はおからしか買ったことがないから「カラや」というんだと信じ込んでいた豆腐屋に木の芽田楽も頼んで、、
ハメモノの三味線が入って、やあ、番頭さん以下本当に楽しそうな酒盛りだ。
俺も入れろいやいと言いたくなるような。
おかしいだけでなく一生に一度のご馳走を食って嬉しくて嬉しくてしょうがない彼らに感情移入して俺も嬉しくてしょうがない。
それだけに旦那の気が変わってその日のうちに帰ってきてドガチャカのこともバレテしまったのが可哀そうでならない。
落語の続きで彼らはどうなるんだろう。
あまりひどい目に合わせないでくれって喜多八に頼んでみようか。
膝かわりは世津子「手品」
いつもながら明るくて結構でござる。

演じる喜多八だって実体験はなかろう吉原の廻し。
「ああ、来るんじゃなかった」二言目には後悔のボヤキが出る職人、しょい投げ食った連中が書き残して行った落書きを眺めて「こいつと一杯(いっぺえ)やりたいなあ」、顔を見たこともない同志と共闘会議でも立ち上げようってかい。
ペタンパタン、足音がする、やっと花魁がきたようだ。
ずっと待ち続けてたというのがわかるのも物欲しそうでいけねえ(物欲しさが着物着てるくせに)、かといって寝てるとそのまんま行っちゃうと困る、ってんで目ェ開けて鼾かいてみたが、入ってきたのは若い衆。
ラチのあかない掛け合いのあいだに伝法な江戸弁で「吉原の由来」を語るのが聴かせどころ。
ついで若い衆を呼び止めるのは元は侍とも思えるうだつのあがらない官員。
前に進め!号令かけられて、年を訊かれて「42です」、
ブワッカモン!男子42歳にもなってかようなところで娼妓と客が同衾する布団を運搬して何が面白い!面白くてやってんじゃねえやネ、ワカイシさん。
「同衾」という言葉だけで興奮したわが青春時代!
こんどは
モオシ、ご廊下をご通行になるのは、ご当家のワカイシさんでげしよ気味の悪い声は乙に?気取った若旦那。
姫などはもう飽きたと言いながらも
まあ、お床入りのときに、そばに姫なるものが侍っていたほうが・・よろしいか、あ、それともいま、拙のように、ねえ?うん、そばに婦人がおらずに幅広くゆったりと寝床にいられるのが、、この方があー幸せか、尊君にはそこのところを、ェ、ちょと承りたい、、ねちねちと、挙句の果ては焼け火箸を背中につけられそうになる、ワカイシ。
杢兵衛旦那は落語国独特の田舎なまりで「おらはエドツコ(江戸っ子じゃない)」といいまくる。
最後に関取が現れ「勝負しよう」とおだやかじゃない。
4人4様、迫り方言い回しは違うが(そこんとこが喜多八の腕の見せ所)いずれも花魁喜瀬川が来ないのにじれて玉代を返せが本音。
男はつらいね。

























































