マイケル・ジャクソンのファンだったわけじゃない。
歌は嫌いじゃなかったが、伝えられる奇矯な行動とか容姿にはむしろ嫌悪感があった。
だからこの映画も見るつもりはなかったのだ。
それがHさんに勧められてピカデリーの予約をした。
マイケルの突然死で幻となったロンドン公演のリハーサル。
前から8列目の真ん中、ド迫力!

ズンズン、大音響のパーカッションに導かれて始まる、どの曲も素晴らしかった。
ムーンウオークがなぜ世界中の若者に受け入れられたかがよくわかった。
バック・コーラスの4人の格好よさ。
とくに女性ヴォーカル!
世界中から集まってオーデイションを受けたダンサーたち。
「マイケルと踊れたら」それだけが生き甲斐、生きる支えともいう。

リハーサルとはいってもほとんど本舞台そのままの演技だから俺はロンドン公演を観たような気がする。
同時にリハーサルとしてマイケルが多くの出演者、裏方などと調整し磨き上げていく様子が映し出されて、それ自体が一つの物語のような興奮をもたらす。
やあ~、なんと大がかりな、往年のハリウッド映画一本を制作していくようなプロセス。

天才肌で奇矯な行動から想像していた姿とはまるで違う円熟したリーダー・教育者としてのマイケルの姿は意外でもあり、この映画の見所の一つでもある。
謙虚とすらいえるほど相手の気持ちや立場を慮りつつ、しかも寸毫も妥協せずに一つひとつのフレーズ、アクションを追及していく。
いずれ劣らぬ世界でも指折りのプレーヤーたちが心からマイケルの指示を喜んで受け入れ、そのことで自分のキャパが広がって行くことを実感している。
”EDUCATE”の語源が”引っ張り出す”であるという、まさにプレイヤーの未知の力を引っ張り出していく。
黙って立っていても輝いているような素敵な女性ギタリストが、
ここは君が最高に輝くところだ。君の出せるもっとも高い音を、もっともっと長く、君が最高なんだ!
僕は一緒にいるよ
舞台中央のソロでマイケルに言われて、夢中になって今まで見たこともない高みに俺たちを連れていく。

「視覚や聴覚などの知覚は必ず感情と結びついて意識される」、とは今読んでいる脳に関する啓蒙書に出てくる言葉だが、マイケルがどんどん美しく頼もしい男に見えてきた。

あれだけ頑張ってきた人々は彼の死によってどんな気持ちだろう。
とくに最初に登場したダンサー志望の男性、「この世はいやな辛いことばかりだが何か支えがあれば生きられる。それがこれだ(This is It)」といったあの男は。

そしてマイケルは死の間際にどんな気持ちだったんだろう。

# by saheizi-inokori | 2009-11-21 20:54 | 映画 | Trackback | Comments(0)

いつもの散歩道、晴れ上がった今朝は落ち葉掃きの人が多い。
近くの高校生だろうか、揃いの作業服で労働奉仕をしている。
女子生徒が柵に腰掛けてサボっている。
みんな働いているのに一人だけ。
赤ちゃんを連れて来ているお母さん同士がお喋りに夢中になっている、その自転車に乗せられている赤ちゃんに手を振ってサボっている。
誰も注意しない。
どこの集団にも必ず一人はいるよな、こういうの。
このまんまで世の中通ると思ってると危ないかもね。

中年女性が二人。
一人は箒を持っている。
「花はほんの一瞬ですものねぇ」
「ほんとにねえ、桜並木の前にお住まいなんて憧れていましたが、こうして毎日お掃除、、」
「早いのは7月頃からですよ」
「おかげさまで私などは楽をしていつも楽しませて頂いて有り難いことで」
俺もおかげさまの口だ。

保育園の子どもたち。落ち葉を拾って、ほら、と見せにくる。
前にも木の枝見せに来た子がいたな。
俺って見せたくなる顔か?
サンチは一歳半だと言ったらテンデに「僕三歳」「私四つ」と指を立てて見せる。
俺とサンチの周りに手のひらカエデがいっぱい。
このカエデはちっとやそっとで落ち葉にはならない元気いっぱいのカエデだ。

# by saheizi-inokori | 2009-11-20 22:19 | よしなしごと | Trackback | Comments(10)

久しぶりに江戸川橋「ソウル」でかつての仲間たちと食べて飲んだ。

相変わらずうまい。
直前に確認の電話をしたらママは12月だと思っていたとビックリ仰天、でも急いで作ってくれた「松の実の粥」。
これが、ああ、ソウルに来たんだなあと心を温かくしてくれた。

俺も日程・約束の勘違いは前からあったがこのところますますひどくなっている。
若いママでも同じようなことがあるんだな、とちょっと安心したけれど、もしかしたら俺の予約が間違っていたのかもしれない。

一日経っても覚えている話題。
韓国料理が辛いというのは一面的な見方で、そもそも唐辛子は日本から韓国に入ったもので韓国の家庭料理は辛くないものも多い(ママの話)。

レストランがうまい料理を出せるかどうかは経営者がいつも店に行って食べて、まずかったら叱らないと駄目だ。
だから工場経営みたいなチエーン店や立地の良さによりかかったレストランはマズイのが当たり前だ。
(俺の口癖)。

エライ人が退職してからも目に余るような公私混同をかつての部下に強いるのは醜い(ある男)。
退職していなくても醜いと思う(俺の内心、でも俺も無罪ではないなあ)。

都知事や首都圏の知事が八つ場ダムを見に行ってわずかな時間で工事推進を叫ぶのはみっともない。
そんなに必要なら50年近くの間、なぜ騒ぎもせず負担金を払い続けていたのか?
都民としては税金を返してほしい(みんな)。

沖縄基地問題は、、議論は分かれた。俺がもっとも急進的に日米合意の変更を叫ぶ。ここで叫んでも意味はないけれど。
「海鮮チジミ」「チャプチェ」「牛肉炒め」「カムジャタン」「サムゲタン」、、どこよりもうまいキムチ(俺は分けてもらった)にナムル。
飲み物はマッコルリ(黒豆のも飲んでみた。香ばしい)、百歳酒、ビール。
やはりやり過ぎてしまう俺だ。
(醍醐寺)

# by saheizi-inokori | 2009-11-19 21:50 | よしなしごと | Trackback | Comments(12)

先週の水曜日は秋田、横手から大曲の岩倉温泉にまわっていた。
酒蔵「刈穂」を見学して「あらばしり」「山廃」「生酛(きもと)」、、言葉ばかりしか知らなかった用語の意味を教わり利き酒をしたり、
六郷湧水群の湧水を飲んでみたり
古四王神社という16世紀に飛騨古川の匠が作った独特の建物(重文)をみたりして
ゆっくりそのことを書こうと思っていたのに、そのあと名古屋に行き、いば昇の「ひつまぶし」や山本屋の「味噌煮込みうどん」を食べたり
京都では、このたびミシュランの星を取ったという「京夕け 善哉(よきかな)」でとても”普通にうまい”晩飯を食ったり
「イノダコーヒー」でクラブハウスサンドを食ったり
「川勝」でぶぶづけを食ったりして
月曜日は新宿三丁目の「池林房」で前の仕事仲間たちと秋刀魚の塩焼きやらなんやら食いながら大いに飲んだりして(これは写真を撮らなかった)いるうちに一週間が過ぎてしまってこうやってメモを残さないとなんにも覚えていないことになりそうだ。

それで昨日は遠来の、しかも初めてお会いする朋をご案内して池袋演芸場の昼席へ。
ホームランが二番手で場内を沸かすとあとは金時「ふぐ鍋」、さん喬「そば清」、アサダ二世、はん治「せなで泣いてる唐獅子牡丹」、馬風、小菊、一朝「天狗さばき」、〆治「試し酒」と快調に飛ばす。

圓蔵がにこやかに登場して、お客からネタの注文を「猫と金魚」「無精床」の両方を受けて「両方やれ」と言われた話をする。
一つやって次にもう一つというのは素人のやること、二つの噺を互い違いにしゃべった、と実演してみせる。
ところで今日は何をやりましょうか
間髪をいれず
火焔太鼓!
間髪をいれず
ちょいとォ、おまいさん!こっちィ来なさいよ、どうしておまいさんはそう商売が下手なんだろうねえ
本題に入ってしまった。
ギャグの連続の火焔太鼓、楽しかったなあ。

鏡味仙三郎社中の太神楽のあとは今日の主任、子猫改メ四代目江戸家猫八が颯爽と登場。
今までの芸歴を軽妙にきかせながら鶏、白鳥、虫、初夏の鳥、犬、、、最後は猫の恋する鳴き声でめでたく〆る。
久しぶりの江戸の寄席にいい気持になって外に出ると寒い雨。
それにもめげず谷中銀座を歩いて蕎麦や「川村」で相当飲みかつ食らい、それでも飽き足りず初音小路・沖縄料理「安里(あさど)」で海ブドウをつまみに泡盛のシークヮーサー割を、これは一杯だけやって帰る。
一夜あけて今朝はよい天気、久しぶりにサンチと駒沢公園に。
嬉しくってたまらないサンチ。
ごめんな、もう後は当分家にいるからねと謝る俺だ。

醍醐寺で買った声明のCDを聴きながらパソコンに向かっているといい気持になってくる。
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# by saheizi-inokori | 2009-11-18 21:37 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(16)

京都2日目は醍醐寺へ。
花の醍醐寺だし月曜日でもあるし人はまばら。
秀吉が設計した三宝院の庭は言葉を失う美しさ、残念ながら撮影禁止だ。
本堂ではちょうど勤行が始まって10人近くの僧たちの「般若心経」が心と体に静かに響いてきた。
国宝・「金堂」を横からみる。
ここで、又その先の真如三昧耶堂で一心不乱に祈っている女性がいた。
お寺だから当たり前のことなのに印象に残った。
大講堂に祀られている阿弥陀如来など。

弁天堂を中心に池のほとりや林を歩く。
携帯ではその妙を伝えられない。
やはり思い切ってカメラを買おうか。



下醍醐を回るだけで2時間以上かかった。
上醍醐は次回(があれば)に譲り東福寺へ。
毎日2万歩歩いているから山道を1時間も登るのはあきらめたのだ。

こちらは紅葉の名所だけあって人の波は半端ではない。
優れた建物をゆっくりみるのは季節を外さなければなるまい。
それでも「開山堂」「龍吟庵」「即宗院」などを観て歩く。


最古最大という三門、確かにでかい。
昨日見た南禅寺の三門や永観堂の門も皆でかい。
うちの近所のお寺など霞んでしまうでかさ。
こういう建造物がごろごろしているのが京都。
紅葉が東北や信州の山とは違った輝きを帯びる。
ふと「平安室町時代における地方と都の格差」などと無粋なことを考えてしまった。

# by saheizi-inokori | 2009-11-17 22:40 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(7)





名古屋に住んでいたのは30年近い昔だ。

当時中学生だった息子一家と旧居の辺りを散歩してみた。

ハナノキの並木は健在だった。
緑から黄、赤その色合いが秋の深まりに変化していく。
一本の木の中で葉の位置によって変化の仕方が違う。
最後に幹の近くから真っ赤になって行くのは昔学校にあった鋳鉄のストーブを思い出させる。

行きつけの床屋を窓から覗いてみたら、どうも見覚えがある。
思い切ってドアを開けて声をかけると、こちらを向いた顔はまごうことなく親方だ。
「佐平次さん!」懐かしそうに仕事中のハサミを持ったままやってきた。
インタフオンで奥さんまで呼んでくれる。
奥さんも覚えていて孫たちはキャンディをもらってしまう。

前に書いた時々寄り道をした赤提灯の店もあった。
床屋の奥さんに訊いたらあの太っ腹のママは辞めて妹がやっているとのこと。

10年ひと昔といえば三つ重ねた昔。
変わりつつも生きて続いているのが嬉しかった。
旧居(社宅)は取り壊されていたけれど、それもサバサバしていい。

# by saheizi-inokori | 2009-11-16 22:38 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(22)




先日紹介した母の句に誘われるようにして京都永観堂にやってきた。

「みかえり阿弥陀」が紅葉の中に待っていて「お前の母もそうやって来たんだよ」とうなずいたような気がした。

# by saheizi-inokori | 2009-11-15 22:01 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(16)





百閒先生は汽車に乗ること自体を楽しんだ。
何かの目的があって輸送手段として汽車に乗るとその楽しみは半減する。

だから往きは特別一等車に乗るけれど、帰りは「帰る」という目的があるから三等車でいいというのだ。
実際何処に行った時の『阿房列車』だったか、着いた駅の一時預かりに荷物を預け、しばし駅前のベンチにお供のヒマラヤ山系と並んで座った後、再び荷物を受け出してそのまま帰りの汽車に乗ったこともあった。

特別一等車の料金を含めて必要な費用を慢性的金欠病の先生は錬金術を使ってひねりだした。
うろ覚えだが先生の借金哲学、
「貸す側からしたら、真面目に働いたけれども生活に困って挙げ句の借金(貸し金)ほど始末に負えないものはない。
一方、贅沢三昧のためにする借金は優等生だ。
目的もなく特別一等車に乗って、たらふく美味しい酒を飲んで帰るための借金などはすこぶるタチの良いものだ」。
至言だねぇ。

俺の"ツイデニ"の旅も敬愛する先生の後ろ姿を追いかける趣きはあるのだ。

一応の目的地は決めてもそこに辿り着かなくてもかまわない。
アバウトな目論見が途中でうまく行かなくなって紆余曲折を経るのが、むしろ楽しい。

道に迷って思いがけない建物を見つけたり、出会った人と交わす言葉が日常生活では見られないような色合いを帯びていたりする。

あれは俺の側にエトランゼであるという意識があって、それが対する相手にも微妙に作用するから、ああいう風合いを帯びるのではないか。

昨夜、雨が降る池袋で銭湯を、いつもなら探して歩くところを、酒屋の親父に道を訊いた。
彼が東京っ子の喋りに身振り手振りで教えてくれるのを聴く俺は四ヶ月前には通勤していた池袋の旅人になっていた。

銭湯に入るかどうかはどうでもよくて冷たい雨の池袋が、酒屋の親父の思いがけない熱心さが、旅にいる気分にしてくれたのだ。

旅は心だ。
いつもと違う何かを感じ取って、それを面白がる心があれば、近所を散歩していても旅。
ただ知らない町、遠い町に行くことで、いつもと違う気分になり、人や光景に感じやすくなることは間違いない。

というわけで今日は名古屋の息子一家を訪ねています。
息子夫妻と孫娘のひとつき遅れの誕生祝いと引越し祝い。

ちょうど孫の学校の作品展も開催中。
目的のある旅も目的によっては悪くない。
今のところは借金をせずに済んでいる。

# by saheizi-inokori | 2009-11-14 21:33 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(12)

2033年11月6日、人類はついに《火星に降り立つ》
2年半に及ぶ過酷な飛行を終えて地球に帰還した乗組員には女性船長のほかに5人の乗組員、その中に日本人医師佐野明日人もいた。
人類の英雄として輝かしい将来が待っているかと思いきや、暗雲が垂れこめる。
もう一人の女性乗組員・リリアンが火星で手術をされている映像が流出し、それは堕胎手術で、妊娠の相手が明日人ではないかという噂がネットを駆け巡る。
「ウイキノヴェル」という《小説共作サイト》ではリリアンの恋愛をテーマにした《遥かなる火星》が人気ナンバーワンだ。

明日人は2歳になる愛息子・太陽を東京震災で亡くす。
妻京子は《添加現実(Augmented Reality)》ルームで太陽を育てる。
遺伝子情報から計算された、ある人物の蓋然的性格、蓋然的肉体を、環境フイルターで縮減した時事情報で随時更新しながら、成長させていくという代物だ。
三次元映像の息子・太陽が親の喧嘩を見て涙を流し「仲良くしてね」という、光学的につくられた好物のカレーライスを旨そうに食べるのだ。
火星から帰った明日人を映像の息子が「おとーさん」と迎える。
母・京子は映像の息子と語り慈しみ死んだ息子の墓参りには行かない。
明日人は添加現実を愛することは死んだ息子に失礼・かわいそうだという。
(人にはいろんなデイヴがある)
さて、最大のテーマは《分人主義》だ。
in-dividualな「個人」も対人関係ごとに、居場所ごとに、もっと細かく『分けることができる』という発想。
 「キャラの使い分け」とは違う。「その場限りの仮面」の裏に「本当の自分」があるわけではないからだ。「多重人格」とも異なり、相手と協同して「自分」が成り立つ。
相手とコミュニケーションを取りたいから”分人(デイヴ)化”する。

各人が状況や相手によってディヴ(分人)を使い分けることが本人のためにも共同体のためにも必要なのだ。
使い分けると言うとなんだか否定的な印象があるが、むしろ肯定的に考える。
それがネット化し都市化した世界を実りのあるものにする。
人間の可能性の幅を広げる考え方かもしれない。
長い期間隔絶された宇宙船の中で6人が常に1種類のディヴしか生きられないと、それがストレスになり思いがけない破局を生む。
(大曲にあった骨董店の塀、こんなのがずっと続いて庭には陶器の山)
《散影divisuals》
人々の行動は至るところにあるカメラで記録されている。
人々は様々なデイヴを記録されている。
その情報は誰でも検索できる。
俺が昨日どこでだれと会って何をしていたかが誰でも分かるのだ(誰が検索したかは本人に分かり排除する機能もあるらしい)。
プライヴァシーの侵害?
現在の監視カメラのように警察や施設側が記録をもち非公開で自由に恣意的に利用するより安全ではないか。
暗殺される危険を感じる人は散影非協力店などに行かないほうが安全というものだ。
《可塑整形》
いろんなデイヴに合わせて可塑的な整形を施す。
市橋君向きだね。
新型《散影》には可塑整形も見破る統合機能がついている。
市橋君もギヴアップだね。

《アメリカ大統領選挙》
分人主義を肯定するのが民主党候補、銃の段階的禁止のために”代用銃”の使用を訴え、東アフリカへの武力介入を戦争と定義し糾弾する。
《民間の非正規派遣兵》が国際法や国内法を無視したむちゃくちゃな戦闘行為をオコナワサセラレテいることを鋭く指摘する。
対する共和党は、相も変わらず善か悪かの二元主義。
国連軽視。
民間企業に戦争を請け負わせて東アフリカに生物兵器(致死的なマラリアを媒介する蚊)を投入する。

《アメリカに移民した人々の愛国心》
政治や経済の失敗から逆境に追い込まれている人間を、その尊厳の回復をエサに、安価な労働力として戦場に送り込む発想がある。
人間は、社会に有益だから生きていて良いんじゃない。生きているから、何か社会に有益なことをするんだ。
なのにね。
少しばかり早くアメリカに来て優位な地位に立っているからといってマイノリテイに忠誠の証として命を差しだせという傲慢。
(秋田の友だちがくれた酒器セット。隠居祝い)
《無領土国家・プラネット》。
無政府国家とは違って国家としての管理機能を強くもち国連との協議単位でありオリンピックへの参加もできる。
アメリカ大統領選挙で民主党候補を応援する。

20年後の世界がどうなっているか?
《》で紹介した言葉が興味深い。
とくに添加現実のエピソードはいろんなことを考えさせる。

デイヴ、分人についてはもっといろいろ考えてみたい。
救いであるようにも思うのだが、、。

講談社

# by saheizi-inokori | 2009-11-14 00:04 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(10)

「東京都区内→北上(東北新幹線、北上線、秋田新幹線経由)」と「北上→東京都区内」という二枚の乗車券(連続切符)を使った旅だった。
そもそもは秋田の友人たちと会うのが目的だったがせっかく遠くまで行くのに一泊で帰るのももったいないような気がして前日に一人で北上線の「ほっと湯田」から湯川温泉に泊まったのだ。

ちょっと前に厳島の能を観た後に姫路城をみたり、長野の小学校同級会の後、一人故郷探訪をしてさらに友人と諏訪から中山道の旅をしたり、このところツイデニが気に入っている。
まさに隠居の特権だ。

昨日今日は友人たちに大曲周辺をあちこち連れて行ってもらった。
その中で「宝蔵寺」という古刹にあった欅。
大きすぎて携帯のカメラに収まらないので上下に分けて御覧に入れる。
お墓と比べてみよう。
その大きさは
今度は自動車と比べてみる。
すり寄って、見上げて
枝の広がりも
すり寄って、目を近づけて
こんな景色の中を走って行ったところにあるお寺でした。

# by saheizi-inokori | 2009-11-12 22:33 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(18)


秋田県大仙市岩倉温泉。
かれこれ20年来の友人三人と楽しい酒「出羽鶴」を飲んだ。

世の中の不義・理不尽と闘ってきた彼らの話に我が身の惰弱が強く意識された。

一夜開けて抜けるような青空。
下駄を突っ掛けて表に。
ぴーんと冷気が湯上がり二日酔いに効く。

左の赤い屋根が宿。

# by saheizi-inokori | 2009-11-12 08:31 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(11)



いい気もちで寝ていたら(枕もとに置いたiPodの落語もあまり聞かず)隣の部屋からおばさんたちの声が聞こえて来た。
どことかの老人クラブ、ゆうべは9時前に下の宴会場から上がって来たと思うやすぐに静かになってしまった。
その分今朝は早いんだなぁ、ふと時計を見ると5時前だ。

東北の方言、優しく楽しげな会話、底に人生の重みがしっかり流れている。
その響きが快くて、起きなくても良いまどろみの伴奏にしていた。
わっはと笑う声で再び時計を見ると6時。

温泉には老人クラブ男性部会が三人、「みんなはええなあ、なんもやることねえのに」「んだ、はええなあ」。老人の中に俺一人。
なにをおっしやいますやらオトーサン、ハタから見たら、アンさんも立派に老人やで。
独りで突っ込み入れて窓を開けると秋の雨。
部屋に戻って茶を淹れる。
この茶道具一式入れ、若い頃会津に単身赴任した時に、世話をしてくれた人が真っ先に必需品として買って来てくれたことを思い出した。
彼の会津訛りも。

何気なく食べた煎餅の包装紙、「欧風田舎せんべい」って「一日物語」って!
これを発案した人のちょっと自足した顔が浮かんだ。

朝ご飯を持って来たお姉さんが「グランドゴルフの人たち賑やか」と言う。
老人クラブだ。
訊けば花巻からみえたそうでアレマアだ。
なんでアレマアかは内緒の話はアノネノネ。
バスは10時25分。
読みかけの小説を読もう。
人類初の火星探検飛行士の話だ。

# by saheizi-inokori | 2009-11-11 09:03 | こんなところがあったよ | Trackback(1) | Comments(6)






HOOPさん、さすが当たり!

紅葉の北上線を「ほっとゆだ」に。
さらにバスで湯川温泉「萬鷹旅館」。
山道を歩いて日没直前に帰還、ゆっくり源泉かけ流しに浸かる。

テレビのゲーキュー(嵐山光三郎命名、芸能人救済)番組に登場する旅館の晩飯にあってこちらにないもの。
魚の刺身、天ぷら、紅葉や松葉などの飾り、、、
逆にこちらにあるのは山菜、馬刺し牛刺し、沢モダシなどのキノコ、、
何より違うのは一つひとつが旨いってこと、見た目じゃないってことだ。

何ですっぽん?
竹下のふるさと創生資金で養殖を始めたと言う。
コレマタ独りで食うにはたっぷりとウマイ。
すっぽん雑炊の前に手打ち蕎麦、軽く、って東京なら一人前。

これだけ食べて八畳の部屋に寝て9000円。
係のお姉さんは美人で気立てがいい。
酒もウマイ。

オラは天国に〜。

追伸、旅館の前の道を熊が歩いていることがあるそうで早めに帰ってよかった。

# by saheizi-inokori | 2009-11-10 21:53 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(14)


カラスは鳴いてないが虫の音が微かに聞こえる。

ここで日が暮れたら真っ暗になるのか。

やっぱり独りは心細い。
さぁ帰ろうか。

# by saheizi-inokori | 2009-11-10 16:19 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(8)



晩秋の林道、二十分も登ると息が切れる。
まだ誰にも会わない。
晩飯までには帰らないと。
馬鹿言って!
そんなに歩いたら歩けなくなる。

しかしいい気もちだ。あの曲がり角まであの曲がり角まででずいぶん登って来ちゃった。

# by saheizi-inokori | 2009-11-10 15:56 | Trackback | Comments(2)


わかったらかなりの鉄ちゃん。
ちなみに車両は二両編成のワンマンカー。
キハ100-1

# by saheizi-inokori | 2009-11-10 13:55 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(4)

早くも11月も半ば、言語道断だね。
しかし6月末に隠居してから半年も経っていないと思うと不思議な感じもする。

ずいぶんいろんなことをしたようだが。
一日一日、一週一週、一月一月は瞬く間に過ぎるのだが、その積み重ねを振り返ってみると時の歩みは遅いように感じる。
こんな調子であと何年も続くのかなあ。

先日ある集まりで「体力・気力・金力がある間はあっち行ったりこっちを見たりいろいろやろうと思っている」と挨拶をした。
この調子では、あまりもちそうもないなあ、三つの力のどれも。
(4か月前のランタナ)
(同じランタナ、色が赤く濃くなった)

祖母の歌から。
今年の銀杏は変に枯れてしまう木が多いような気がする。

火に焼けば薄みどりして焦げ目つき噛めばもちもち銀杏はうまし

今年亦年賀状書く幾年ごしこれを限りと思ひながらに

かりそめの一座の縁を老い故になつかしがりて訪ひ来たる人
(母の句集の名は「郁子(むべ)」、母の部屋の前に咲いていた。この間見つけた。何年も散歩している道なのに)

初紅葉永観堂に旅終わる

秋来ぬと伝令走る螇蚸(ばった)とぶ

# by saheizi-inokori | 2009-11-09 16:31 | わが母と祖母の遺したまいしうた | Trackback | Comments(12)

しばしば、貧しかった生い立ちのことを書いたりしゃべったりする。
年寄りの病気自慢みたいなところもあって“周りの人に比べて”いかに貧乏だったかということが大事なのだ。
生きているのが不思議なほどの病苦を背負っている人が牢名主なのだ。

貧乏自慢は”ドーダ!”の気分を満喫させてくれる。
”ドーダ!”って?
東海林さだおの言葉
人の会話のほとんどは自慢話「ドーダ!」で成り立っている。
を見よ。
先日のオフ会で、俺はこれを頂いて「ブログの記事の多くは”ドーダ!”が基調にある」といったものだから、しばし「ドーダ!」の応酬でにぎわった。
その具体例が浮かばない、もう忘れてる、ドーダ!。
(裸になって一緒に浴槽につかる。貧富の差はない?)
でも人の”ドーダ!”は時にうるさく時に不愉快だ。
タクシーの運転手が「清原を乗っけたぞ、ドーダ!」なんかは気にならないが、「俺は東大出だぞ、ドーダ!」(ずばり言うならまだしも遠まわしに匂わしたりするんだなあ)みたいなのはウットウシイ、それがドーシタ!
貧乏自慢もどうもあまり好感をもたれない。
とくに「子供の頃辛酸を舐めたけれどそれに負けずに頑張った甲斐あって今の私があるのです」みたいなのは最悪かもしれない。

志ん生の貧乏自慢みたいなそれ自体一個の落語または芸術品みたいなのとか、百閒先生のような確信犯的貧乏生活とは違って子どもの頃クラスで一番貧乏だったなどといわれても、やっぱり「それがドーシタ!」だよな。
俺は何度か「貧乏自慢はやめた方がいいよ」と注意された。

実際、ニコニコと笑って人の話を聞いて、自分のこと、まして生い立ちのことなんか一切口に出さない人をみると犯しがたい威厳を感じて彼の温容に伸び伸びするどころかかえって萎縮することもある俺だ。
生まれついての経済的貧乏だけでなく人格的にも卑しく生まれついたのだなあ。

と、いいつつどこかにナアに俺だって、あいつだって一皮むけば、という気持ちがあって生まれをどうこう言うという卑しさから抜けきれない。

でもそれだけじゃない。
単なる自慢=ドーダ!だけではなくて、人生のいろんな場面で俺の俺に対する再確認。
お前はなァ、超貧乏、だけど光に満ちた、幸せな子どもの頃を送ることができたんだぞ。
そこがお前の原点だということを忘れるな。
先日小学校の同級会のついでに子どもの頃過ごした場所を訪ねたのは“原点の確認”だったのだ。
(行き着くところは、、昔は家で鶏を飼っていたなあ)
まあ、自己確認なら人に大声でいうこたあないじゃないか。
ごもっとも、でもそこはそれ、ドーダ!どうか、ご寛恕のほどを。
(うまいのまずいの、金があるのないの、、あほかイナ)

# by saheizi-inokori | 2009-11-08 15:47 | よしなしごと | Trackback | Comments(21)

これはねえ、本の物語なんだ。
呪われた本たち、それを執筆した男、その本を燃やすために小説のページから抜けだした人物、裏切りや、失われた友情の物語だ。風の影のなかに生きる愛と、憎しみと、夢の物語なんだよ。
主人公が恋人に自分のやっていることを説明する。
まさにそんな小説だ。

1945年のバルセロナ、物語はメルヘンのように幕を開ける。
白んでいく夜明けが静かにまたたく一条の光になって、バルコニーや軒下(コーニス)にすべりこむが、光は地面までとどかない。
そんな朝、父は彫刻のある木の門扉の前で足をとめる。
時の経過と湿気で門扉が黒ずんでいる建物は、棄てられた宮殿の亡き骸か、でなければ、残響と影の美術館みたいに見えた。
中に入ると蒼い闇、大理石の宮殿のように長く飾られた階段を進むと大きなホール。
闇の教会堂(バシリカ)だ。高みからさしこむ幾筋もの光線が、丸天井の闇を切り裂いている。書物で埋まった書棚と通廊が、蜂の巣状に床から最上部までつづき、広い階段、踊り場、渡り廊下やトンネルと交差しながら不思議な幾何学模様をなしていた。その迷宮は、見る者に巨大な図書館の全貌を想像させた。
『忘れられた本の墓場』だ。
そう教えた父は更に言うのだ。
この場所にはじめて来た人間には、ひとつきまりがある。ここにある本を、どれか一冊えらぶんだ。それをひきとって、ぜったいにこの世から消えないように、永遠に生き長らえるように、その本を守ってやらなきゃならない。
主人公の少年が選び取った本の物語だ。 
ね?絵本の始まりのようでしょう。
でも騙されてはいけない。
上下830頁に及ぶ長編は変容に変容を重ねて読む者をゴシックの迷宮に誘い込む。
そう、これはまた建物が主人公といってもいいかもしれない。

崩壊しかけた昔の宮殿内に埋もれている養老院。
その建物の歴史といったら、名門一族の住居、刑務所、高級娼館、禁書扱いの写本の図書館、兵舎、彫刻のアトリエ、ペスト患者の療養施設、修道院、猟奇的なコレクションの博物館、それだけで長編が書けそうだ。

1900年に、大富豪がバルセロナの郊外にありあまる資金力を背景に作った”霞の天使”という大邸宅。
庭に七つの頂点をもつ星を描き、その頂点に天使像を一体づつ立てさせた。
富豪と妻と富豪の愛人が新居に移った1か月後に二人の女性の死体とともに、全裸で手錠をかけられて死にかけている富豪が発見された。
家中の壁が血まみれで、天使の像は切断され、顔には仮面風に色が塗りたくられていた。

いくつもの建物が丁寧に描かれて物語の進行の場を提供する。
建物ってただでさえ物語を内包しているのにこれほどの建築ときたら。

主人公が少年から青年へと成長しつつ恋をし本の謎=作家の謎を追いかける。
作家の少年から青年への恋と失意の物語が明らかにされていく。
それはパラレルワールドのようだ。

たくさん出てくる登場人物がそれぞれに生き生きと描かれて面白い。
悪漢小説のような楽しさもあるんだ。

もうひとつ、内戦前後のバルセロナも隠れた主人公だ。
俺はスペインレストランを作るために三日間だけバルセロナに行って食べ歩いた。
食べるのに夢中でここに書かれている通りや広場、居酒屋などをゆっくり見る暇もなかった。
アァもう行けない、と思う、その喪失感みたいなものも小説の味わいを深めたようだ。

木村裕美訳
集英社文庫

# by saheizi-inokori | 2009-11-07 10:35 | 今週の1冊、又は2・3冊 | Trackback | Comments(6)

カフェの向かいのあの家、ほら、蕎麦屋さんの隣の。

よく見ると、、どうだい?
あれで窓の植木鉢、とくにあの赤い花がなければ無人の家かと思っちやうかもしれないよな。

たまたままだ寝ているか留守なのかもしれない?
寝てる?だって今正午だよ。
それにしてもあの二階の窓、下のカーテン、にべもなく拒絶するって感じはしないかい?
あたり近所でも飛び抜けて小さい。
なのに、ってか、いやにきちっとしてる。
屋根の瓦を観てご覧よ!

何人住んでいるんだろう。
何してるのかな。
(猫に尻尾を振って近づくサンチ)
サンチを相手にあ―だこ―だ言ってたら、ドアが開いて男が出て来た。
黒っぽいジャケットにグレーのパンツ、中肉中背、しかも中年。
ドアに鍵をかけて駅の方に下って行った。

判ったことはわずかだ。
床にお座りしていたサンチが立ち上がって俺の膝をトントン叩いて催促するので、勘定をして店を出て駅と反対側に向かった。
(その時俺が食った、豆腐とチキンのハンバーグと十穀米飯。うまい)

# by saheizi-inokori | 2009-11-06 15:01 | こんなところがあったよ | Trackback | Comments(20)

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